世界「制服」の申命
難攻不落とうたわれた要塞エスキス。その外壁が破られたというニュースは砦の隅々まで伝わった。しかし、市場は賑わい、機織り機の音も止まない。洞窟は魔法の灯りに照らされて綿花を育んでいる。
バーゼノン組合連合会にとって無益な破壊は黙殺されるべき存在だ。要塞と言ってもザイドリッツ側のように砲身が毛羽立っているわけではない。
楼閣と高い長城と魔法使いの詰め所が等間隔に配置されており、それが三重の冗長構成を成している。
内壁に近づくにつれて魔導の防御力は等比級数的に強まり、重装備の軍勢を無用の長物にしていた。
組合は軍備拡張より商売が優先だ。
「…神は民に申命した。楽園追放は卒業ではない…」
朝礼が始まっている。マリス・ファーディが子供の頃から嫌というほど聞かされて来た訓話だ。
楽園追放の代償として神は男女にそれぞれの刑罰を科した。労働と出産である。しかし、それだけで済まなかった。
男をたぶらかした女性には主犯格として特別に重い罪が問われたのである。肋骨から生じた被造物の分際で主と主の子である男性を超越して主導権を握ろうとした。
ならば、その願いを叶えてやろう、という計らいを装った苛烈な試練が与えられた。
女が男以上に働き、子を育て、そして戦う使命である。地に人が満ちるまで暫くの間、女は男に従属していた。やがて、男女が平等になり、女も働くようになった。
そして、男は労働から君臨する側になった。
すなわり、労働や戦闘という苦役から解放され、大切に護られる側になった。そうは言っても男尊女卑という既得権益を手放せない男たちもいる。
世界は分裂し、男女が銃を向け合った。不毛な戦いから復興し、バーゼノンやザイドリッツといった都市連合が栄えはじめると、神は人前に再臨した。
恐れおののく人々にこう命じた。
「世界を一つにまとめよ」
神いわく、身一つで楽園から放逐された男女は最初に衣服を発明した。それは神自身が望んだ天地創造の再生産にほかならない。
内心、神の子の成長を喜んでいた。神にとって被造物に万物創成能力が備わる事は創世という大仕事の完成を意味するからだ。
具体的な仕上げとして神は最終問題を提示した。
「しからば、その象徴である『服』を用いて世界の民を一つにせよ」
「…そのような経緯で、本校の皆さんには神の御意思にふさわしい制服を身に着けてもらい…」
やっぱりそうじゃないか、とマリスは思った。あの後、なけなしの宝石を売り払い売り払い、翼竜を雇った。
そして娘の学校まで絨毯を追いかけてきたのだ。「スカートを届けなきゃ」
ずっしり重いカバンもである。事情を話して校門をくぐろうとしたところ、守衛に呼び止められた。
「貴女、本校の学生なの?」
「いいえ、わたしは…フェルミ・ファーディの…」
言い終える前に女がぴしゃりと釘を刺した。窓口の水晶球をチラ見して詰問する。
「申告内容に不備があるようね。若い頃の姿で願書を提出するなんてふてぶてしい」
「えっ、わたしは…」
当惑している本人が母親であるかどうか確認すらしない。
「フェルミ・ファーディ。ずいぶん大きな1年生ね。もっとも本校は学びなおしの場ではありますが…」
守衛は一方的にマリスの斜め上を行く。
「ですから、わたしは…ひゃん!」
疾風がマリスの周囲を駆け回った。途端に肌が涼しくなる。守衛はトリノコの杖を鞘に納めると身一つで立ち尽くすマリスに命じた。
「フェルミ! 入学式はとっくに終わってます。さっさと制服に着替えて教室に行きなさい」
「どうして…こうなるの?」
マリスはひらひらと吹き流されていく端切れを見送りながら、カバンで胸を隠した。
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