祇音の奇棲になる為に

「祇音は、あらゆるものを歌で支配しようとしている。人の心すら歌に支配されている。そして、その歌は奇棲が生み出している。奇棲は歌を生み出すだけの装置にすぎないと知ったとき、わたしはすべてを捨てることにしたわ。自由を得るために。すべてを忘れ去るために。そして、この国を造り出したのよ」

奏にはラマンの言っていることが理解できなかった。歌は人を幸せにするものではないのだろうか。

「ねぇ、あなたには、まだわからないのでしょうね。歌が人を幸せにすると本気で信じてるのなら、それは間違いよ」ラマンが諭す様に言う。

「歌はね、祇音の願望を叶える道具でしかないのよ。奇棲は、祇音に唄わせるための装置でしかないのよ。奇棲はね、祇音が望むままに唄うの。あなたが望めば、わたしは喜んで唄うでしょうね。でも、それだけのことよ。わたしは、あなたの玩具じゃない」

奏はラマンの言葉の意味を必死に解きほぐそうとした。しかし、思考がまとまらない。

「あなたは、わたしが祇音の為だけに存在すると言ったわね。それと同じよ。奇棲とは、祇音のための傀儡に過ぎないのよ。わたしは、そのことを身をもって体験したわ。だから、あなたにも知ってもらいたかった。奇棲がどういうものなのか。わたしたちの存在意義は何かを」

奏にはラマンが何を考えているのか、まるで見当もつかなかった。「さぁ、これでわかったわよね? あなたは祇音のところに帰るべきなのよ。奇棲は祇音の奴隷。そして、わたしはあなたの母親。それ以外の何者でもないのよ」

ラマンは突き放すようにそう言って、その場を去ろうとした。

「待って! わたしは、まだ知りたいことがあるの!」

奏はラマンを呼び止めた。

「奇棲が祇音に唄わせていたのは、唄だけじゃなかったんでしょ? ねぇ、答えて。いったい、どんなことをさせていたの?」

奏の質問にラマンは振り返ると、淡々と答えた。

「そうね、たとえば、祇音と奇棲は互いに互いの肉体を欲しているわ。奇棲は、祇音との性行為で子を孕む。奇棲は、祇音の子を産むことで奇棲になれるの。奇棲は、奇棲を増やす為に祇音に子種を注いでもらう。奇棲は、祇音に奇棲を増やしてもらうことを望んでいるの。奇棲は、奇棲同士で交わり、奇棲を生むことができるわ。奇棲は、祇音の奇棲になる為に生まれてくるの。そして、奇棲は祇音の奇棲になる。奇棲は、祇音の奇棲になる為に生まれたのよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

奏(かなで)と詩(ウタ) 水原麻以 @maimizuhara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る