生きた証

「あなたが奇棲になれたのは、わたしのおかげ。あなたに名前をつけてあげたのも、わたし。だけど、あなたが祇音と接触すれば、たちまち元の木阿弥。奇棲は滅びてしまう。そうなれば、あなたも只の人殺しになってしまうの。それは嫌なの」

ラマンは悲し気に言った。

「ごめんなさいね。わたしは、自分の事しか考えられなかった。あなたを祇音に戻すことも考えた。だけど、あの時、あなたの歌声を聴いて思ったの。わたしが奇棲として生きた証が欲しいって。わたしの事をずっと覚えていて欲しいって。そして、その願いは叶った。あなたは、こんな所まで来てくれた」

ラマンは、ぎゅっと奏を抱き締めた。

「愛してるわ、わたしの可愛い子。わたしは、あなたを護るために、あなたを祇音に戻したくないの。あなたを護る為なら、何でもしてあげたい。たとえ、あなたの敵になっても。これが、わたしの真実。わかるかしら、わたしの気持ちが」

奏はラマンの背中に腕を回した。

「わからないわ。わかろうともしなかった。今なら少しは理解できるかもしれない。ねぇ、教えて、お母さん。わたしの敵になった理由を。お願い。知りたいの。わたしの為に、何を犠牲にしたかを」

ラマンは奏の髪を撫でた。

「いいわ、あなたには知る権利がある。わたしがなぜ、あなたを祇音に戻したくなくなったか。その理由を教えてあげる」

ラマンは語り始めた。

「わたしはね、奇棲になる前は、歌姫だったの」

ラマンは遠い目で語った。

「奇棲の暮らしは単調よ。娯楽がないから、自然と歌に傾倒するようになる。声帯を発達させるには歌うしかなかったからね。奇棲は、喉と声の奇蹟で生きているようなものなの。だけど、ある時気づいてしまった。歌って、誰かの心を癒したり勇気づけたりする素晴らしいものだと思っていた。でもね、違うのよ」ラマンは自嘲気味に笑った。

「奇棲の唄はね、祇音を呪縛するための呪いの唄だったのよ。奇棲は、祇音に奇棲の素晴らしさを伝えるためだけに存在してるようなものだったの。奇棲は祇音のために造られた。祇音が奇棲を欲するように、奇棲も祇音を欲していたのよ。わたしはね、それに気づいた瞬間、自分が醜くて穢れたものに思えた。そして、同時に祇音というシステムそのものに疑問を持ったの」

奏はラマンの告白を一言一句聞き漏らさないよう耳を澄ませた。

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