名前はコーダ

●第十一話 ジャムセッション

ラマンはヒュッと息を吞むとピアニッシモで唄い出した。

Wow…Wow…と艶っぽく唸ると「ねぇ、貴女」と奏に訊く。

奇棲に骨を埋める覚悟より必要なものがある。

「あなたの名前は?」

音符でなく物申す国だ。日常の諸手続きは表音文字で署名する。

”そっか、まだ考えてなかった

「ならば仕方ない――」 ラマンは再び口火をきり、

”だったら、わたしが名づけ母になる。コーダって、どう?”

コーダ。奏は手風琴でそのメロディーを弾いてみた。悪くはない。「ええ、そうするわ。お母さん」

奏は手風琴を置いて、ラマンの胸にすがった。

「ありがとうね。お母さん、お母さん、お母さん!」

奏は大声で泣きじゃくりながらゴッドマザーの胸の中で繰り返した。

この人は嘘をついていない。

そう確信できた。ラマンは血縁者でない。しかし、奇棲の国に帰化するための名前をつけてくれた。

「ねぇ、さっきのメロディに言葉を乗せてみたの。詩を作るより楽器を作れと祇音の教訓は謳うけど、あっちではもっと大事」

ラマンはお誕生日に歌を唄う風習はないのか、と聞いてきた。もちろ祇音では言語道断である。神聖な聖誕祭を楽曲でなく肉声の歌で濁すなど汚らわしい。「そんなことはないわ。ね、奏、いや、コーダのバースデーソング。わたしがつくってあげるわね」

ラマンは優しい声でそう約束してくれた。

「あなた…そこまでしてくれるなんて…どうしてなの?」

奏の疑問にラマンは微笑んだ。

「だって、あなたのこと好きだもの」

ラマンに抱かれた奏は、安心したように眠ってしまった。

ラマンに抱かれて、奏は夢を見た。

そこは暗い地下のホール。

奇棲の施設だ。

奏はラマンに手を引かれて、奇棲の中枢に案内された。

そこには大きなグランドピアノが置いてある。

奏はラマンに促されるまま、鍵盤に指を置いた。

しかし、何も出てこない。

奏は不思議に思ってラマンを見上げた。

ラマンは首を振った。

「ここは、あなたの居場所じゃないからよ」

「でも、ここにいる人たちは……」

「みんな、もう死んでる。生きてるのは、ここの設備だけ。だから、誰もいない。ここには、ただの機械しかないの。それが現実よ」

奏が黙っていると、ラマンが続けた。

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