闖入者
<鈴草の枯れ方が変だ>
クオリア88戦闘音楽機の格納庫前で護衛楽士が暗い旋律を奏でていた。
重い扉はピタリと閉ざされ内部の整音を完全に保っている。その機体を僅かな干渉から保護するために品種改良された鈴草が植えられているのだが、これらが外向きに倒れているのだ。
<そうだな。内向きって変だよな?>
音階が緩い曲線を描く。そう、まるで格納庫の内側に異常があるかのようだ。
<クオリアに不調か? さっき終章学士が機体の残響を鎮めて施錠したばかりじゃないか>
先の楽士が弦のピッチを速める。鼓動の高まりと楽器がシンクロしていく。
<奇棲が潜入したのかも知れん。開けてみよう>
もう一人の楽士が開錠コードを弾こうとした。二人でぴったり息の合った演奏をしないと開かない。最新鋭機体を護るベテラン兵士だけに出来るテクニックだ。
<慌てるな。まず清音しよう>
片方が弦楽器の柄を水平にして短いフレーズを弾きながらぐるりと体を巡らせた。
しん、と世界が静まり返る。音楽堂のカウンターミュージックも掻き消えて、内耳を流れる静脈の音しかしない。
<よし、開くぞ>
二人は開錠の伴奏を終えた。
その時だった。見守っていた相棒がヒュッと喉笛を鳴らしてた。もう一人も白目を剥いて仰け反った。どさりと倒れた死体を漆黒の巨躯が飛び越えた。さらに二つ、三つ。月明りを大きな影が遮る。身の丈2メートルを超える大女が格納庫の屋根から飛び降りてくる。奇棲の斥候兵だ。
彼女らの一人がクワっと咢を見せると楽士達の遺骸が雲散霧消した。残された楽器がビンビンと共鳴する。可聴領域を超えた波動が祇音の秩序を破壊する。
明らかに人間でない一行は足音も立てずに格納庫に侵入した。
そこで待っていたのはラマンだ。カッと庫内の灯が醜い奇棲の容貌を照らし出す。
「相も変わらずムチャクチャな声量ね」
キャットウォークからネグリジェ姿の上から目線。
「お褒めの言葉、光栄至極」、とずんぐりむっくりした女が返す。襟章からして斥候の代表格らしい。二人は顔見知りらしく二言三言、内輪の会話を交わした。翻意を促す内容だ。ラマンは説得をきっぱりと拒絶した。どう見ても祇音に勝ち目はないと本国から遣わされた精鋭がいうのにだ。奇棲人の強みは持ち前の肉声だ。道具を使わずとも喉を震わせて影響力を行使する。いくら擾乱の嵐を掻い潜って戦闘音楽爆撃機が連弾の雨を降らせようと声楽家の鎖にはかなわない。クオリアを圧倒する人数で楽器の狂わせばいい。自分たちはその為に進んで美貌を捨て、破壊的な声帯を得たのだと。奏を襲った一隊は試作タイプに過ぎず、その完成バージョンが自分達である、と賛歌してみせた。
そして、防空戦力の大半を出撃させた祇音の街で罵声の限りを尽くせば、簡単にインフラが崩壊すると宣言した。
「だったらわたしは死ぬしかないわね。どうせ命を落とすなら本当の祖国に捧げたい」
ラマンはそう熱弁すると、目をしばたかせた。祇音にはない言動である。意図を察した代表格は傍らにいる右腕に説得工作を続けさせた。売り言葉に買い言葉でラマンが声を荒げる。しかし、その目は笑っていた。
小娘とモンスター級の怪女がウインク合戦をするなど滑稽の極みであるが、その行動理念を知らねば注視することもできない。二人は目で意思疎通をしていた。
”バーチ。来てくれてありがとう”
”わたしこそラマンに借りをかえさなくちゃね”
”祇音が
”マズルカとカラビナを連れてきた。二人の肺活量は保証するわ”
バーチの前に屈強な斥候が歩み出た。それを見てラマンは太鼓判を押した。
”あなたたち、おねがいするわね”
ちょうど、右腕がひとくさり強弁を終えたところだ。
「フン、どんなコーラスもフルオーケストラにはかなわないわよ」
とか何とか、ラマンが啖呵を切ると女どもはすごすごと引き上げていった。
別れ際にふと目があう。
”覚悟はいい?”
”後戻りできない。調のバックステージは☆♂※%よ。それで施設の全権を掌握できる”
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