いつわりの調べ


祇音の夜が凪いでいる。嵐の前奏だ。国土の要所要所に殿堂があり楽団が不協和音を中和する曲を交代制で奏でている。

それが証拠に低周波が下腹に響き渡る。そして鈴草がすっかり枯れてしまった。同調圧力に弱い植物だ。

国難に際して大衆はカリスマ性と絶大な指導者を求め、権力は圧制で応じる。団結した国民は敵愾心を高め、国家は外患を誘致する。

鈴草は旺盛なスローガンを受容しきれず、死を選択する事で問題を処理した。

奇棲が声を大にして音楽の都をかき消そうとしている。正弦は予定されている大攻勢を公表し、民衆を怒らせた。

路地を、裏通りを、メインストリートを、中央広場を管弦楽団が埋め尽くしている。めいめいが愛用の楽器を手に激情を即興している。


そして、静穏処置の整ったホテルの一室でラマンと奏は枕を並べていた。

<一部始終を聞いてやりきれない気持ちになった>

枕元の手風琴がすすり泣く。

自分は育児放棄されたのでなく、意図的に育成されたのだ。奏は楽長の説明から真意を悟り、キュッと歯噛みする。

”貴女のお母さんがそんな下衆だとは到底信じられない。だから、わたしは真相を探りに来たの”

ラマンは我が子を見るような目つきで奏を思いやる。

<赤の他人が興味本位で敵地に乗り込んでくるわけ? わざわざ命の危険を冒して。貴女は何様のつもり?>

”楽長が言った通りよ。奇棲に生まれ育って、居心地の悪さにずぅっと違和感を覚えていた。本当の自分を探すうちに正弦に出会った”

<説明になってない。あの女は母親の役割どころか、自分の立ち位置すら見失い、楽器まで何処かに置き忘れた。今じゃ、譜面も読めないほど呆けてライフバックステージでグダグダ言っる。そんなクズおんなに執着するなんて、愛人か何かなの?>

言われて、ラマンは顔を顰めた。夜伽の相手に女を選ぶくらいなら狼の群れに交わって月を威嚇している。そして、弁明に付け加えた。

”あたしは国歌を捨てて敵の『音楽』を選ぼうとしている。理由は貴女も重々承知でしょ。もう一度、おさらいすると帰属意識の問題。だから、貴女のお母さんも、五線譜を捨てるわけがあるはずなの。彼女が声を荒げる動機を知りたくない?”

<それで、血縁関係のない貴女にどんな幸福があるというの?>

”だから、貴方の母は娘に嘘をついている。大義に奉じているのか、報酬に目が眩んで任務を全うしているのか、わからない。ただ、言えることは彼女は苦しんでいるということ。それを解放してあげれば、あたしも救われる”

<正弦が嘘をついているというの?>

奏は手風琴を取り落とした。ジャジャジャジャーン、と汚らわしい旋律が流れ、驚いたサヨナキドリが窓の外を乱舞する。

”ええ、調しらべさんと名乗ってるのかしら、彼女”

ラマンは自信たっぷりに言った。

<調律師の家系に生まれたって聞いた。だから>

”実の娘がいうなら間違いはないわね”

ラマンは意味深に虚空をながめ、さらに尋ねた。

”何よりも秩序を重んじる家の娘が荒れ狂うそぶりを見せるって、半端な意志じゃ続かないよね。人間業じゃない”

<何がいいたいの?>

ラマンの言い回しに棘を感じて奏は憤慨した。

”調さん、何者かに壊されてる。それも同意のうえでね…そう思わない?”



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