ヤドリギの男のうた

深夜の格納庫。スカートのすそを夜風に吹かせながら彼女は月をみあげていた。

居並ぶクオリアがカチカチと冷却熱をかなでている。

心の耳を澄ませば機体たちのセレナーデが聞こえてくる。


自分を見失いそうになった時は休符に耳を傾けよ~練習曲「嵐が丘の静寂しじまに」。

戦闘音楽学校の恩師が事あるごとに弾いてくれた一節だ。特に奏は流されやすい生徒だと彼女はこぼした。

母親に捨てられ、音楽堂の裏で泣いている所を沈静局に拾われた。漏れ聞こえる合奏に紛れて遺棄を企んだのか、不協和音に敏感な当局に察知されやすくする故意か真意はわからない。

ただ、喜怒哀楽を音楽で表現するという「当たり前の事」を学ぶ機会に感謝している。

奏は沈静局保護部幼年課の指導下でクオリア88パイロットとして育てられた。訓練の日々はひたすらに従順を


マニュアル通りの人生を無難に歩む。未熟なまま母親離れを強いられた奏でにとってそれが正しい旋律だった。

そんな彼女に自主性を与えたのは響だった。

<君の音楽いきかたは本物じゃない>

奇棲と対峙した初陣で定石通りの戦果をあげた奏を彼はそう腐した。

<どこがどうおかしいっていうの? あたしは親に捨てられたのよ。理由も事情説明も一切なかった!>

そう憤ると響はぐさりと心に刺さる範奏を返した。

<君の戦い方は全てにおいて抑制が効いている。安全確実で効率的な飛び方しかしてない。まるで模範を隠れ蓑にしているようだ>

<何が言いたいの!もっと直接的ストレートに弾いて!>

バシャン!と奏の弦が震えると、響はそっと手のひらを添えた。そして口にくわえたボンゴスプリングを滑稽に鳴らした。

<君は本当は怖いんだ♪>

そして「ヤドリギ探しの男」をかなではじめた。

”昔、ヤドリギさがしの男がいた。吞んだくれのろくでなしで宿なし文無し彼女なし”

<知ってるわよ。依存する事しか知らないクズ男が川を見て一念発起するんでしょ。とうとうと流れる奔流こそが揺るぎないよりどころだと。それで本気を見せようと入水して溺れ死んだ。彼の手の届くところにはヤドリギの太い枝がのびていた>

<愚かさを知ってるなら、なぜヤドリギを探さない?>

<わたしは捨てられたオンナだから>

すると、響は意外なアドリブを返した。

<男に捨てられたわけじゃないだろう>

その一言で奏は気づいた。ヤドリギ探しの男は最後に自分を「棄てる」事で太く短い生き方を示した。

得るばかりで棄てるモノのない人間にも最大の財産がある。自分、いのち、勇気、そういった奇棲の歌詞にありがちなフレーズ。

何もないと思っていた「わたし」にもまだまだ満たされた部分があるのだ。

余裕があるのならちょっとばかり冒険してみたっていい。

<わかったわ! ありがとう!! 響>

そうやって奏はおっかなびっくりの交際をはじめた。


<こんなところにいたのか!>

<ひゃん!>

ド派手な喇叭を耳元で鳴らされ、奏は飛びのいた。スカートが派手にまくれ、奥が丸見えになっているのも気づかない。

響が仁王立ちしていた。

<歌姫の件で楽長がお呼びだ>









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