秘密

「じゃあ絶唱する」

「ちょ」

奏は慌てて口を塞いだ。そして小声で釘を刺した。

「侵入者は引き渡すまでよ」

「貴女がスパイだと証言してあげる」

歌姫もなかなかしぶとい。

やっぱり歌姫なんか拾うんじゃなかった。そもそも匿うつもりなど毛頭ない。嵐の前夜に裏庭の鈴草があまりに騒ぐので様子を見に行ったら、彼女が倒れていたのだ。泥で汚れていたが羽衣を見て一目でわかった。鋭敏な防空聴診器の森を突破した方法は不明だが、稀に斥候が紛れ込む。規則では速やかに通報する義務がある。警笛を鳴らそうとしたところ、鈴草が気になる発言をしたのだ。

お前の母親は嘘をついている、と。鈴草は純粋で可憐だ。クオリア乗りの福利厚生として栽培されている。優しくそよぐ音色はささくれた心を癒してくれる。その清らかな小妖精が毒を吐いたのだ。言葉という害悪を用いて切迫した危機を伝えようとした。

この子はあたしに関する何かを知っている。機転を利かせた奏は歌姫に肩を貸した。

もちろん、重大な禁忌をおかした。しかし彼女をどうにかしないと鈴草は朝まで騒ぎ立てる。奏は取調べを受けるだろう。

どうにか歌姫を部屋に運び込むと鈴草も大人しくなった。

彼女と自分の間にどんな秘密が隠されているというのか。幼い奏を虐待しつくしたあげく、蒸発した母を憎んだ。

口をきゅっと一文字に結んで眠る歌姫に母の面影は微塵もない。

「誰なの? 貴女」

奏は昨夜の悪夢ともいえる出逢いを回想した。

「だから、あたしはお母さんの嘘をあばきに来たの。大変だったのよ。ここに来るまで」

歌姫はそう愚痴ると裸のまま部屋の奥へ向かった。

「ちょ、ちょっと、貴女ねぇ!」

「音浴を借りるわね。どろどろ」

そういうとさっさとカーテンの向こうへ消えた。

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