歌姫


玄関で盛大なファンファーレが出迎えてくれた。そのまま勇ましいマーチが歩調とシンクロする。トランペットの喘鳴に文句を言う者は誰も居ない。

むしろ、声を荒げるほうが非礼だ。そういう文化なのだから。”凱旋将軍よ、誉あれ”は奏の特にお気に入りだ。元気いっぱいの吹奏がささくれた心を賞賛というやすりで丸めてくれる。


「おお、気高き勇者よ♪おお、名もなき殉者よ♪おお、祇音の…」

<歌わないでっていう約束でしょ>

カウチで寝そべる歌姫に怒りのプレリュードが降り注いだ。綺麗に飾り付けた部屋はすっかり奇棲風にアレンジされていた。大切な打楽器が棚から引きずり降ろされ、弦でくくられて隅っこに押しやられている。

そしてあろうことか、歌姫はフラットな姿のままでいた。昨日の騒嵐で汚れた羽衣が泥まみれのまま本棚にかけてある。薄布にべったり張り付いた土が乾き始めている。それがひび割れて舞っている。不衛生極まりない。繊細な楽器にとって埃は大敵だ。

「出ていって!」

やむなく言葉でいさめた。音楽が通じないなら口頭で注意するしかない。祇音の国で会話は下等な伝達手段だとされている。道具を使う知恵を捨てて啼いたり吼えたり器官に頼るなんて愚かしい。

そうはいっても奇棲という蛮族に高尚を求めるほうがおかしい。奏はそのように自分を正当化した。

「やっと同じステージに立ってくれたわね」

歌姫はにっこりとほほ笑んだ。

「しかたないわ。言わなきゃわからないみたいだし。つか、さっさと出て行って」


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