傷ついた翼

祇音ぎおんの国は1から10まで音で出来ている。太陽と大地が互いを中心にして巡るように人と人、物とモノ、人と物が響きあう。

森羅万象、生きとし生けるものみな全て、世界の調和に依存している。それが乱される様な事があってはならない。

混乱は連鎖し、雪崩を打って混沌へと突き進むだろう。そして荒廃の後に訪れる静寂で鐘は鳴らない。


演奏が終わると奏はほっとした気分になった。肩の荷が下りたというわけでも胃のわだかまりが解けたわけでもなく、傷口の火照りがほんの少しだけ和らいだ感じ。

クオリア88戦闘音楽器がカチカチと熱収縮をかなでている。奇棲きせいの歌手は予想を遥かに超えるダメージを機体に与えた。鳶色の可変複葉翼は四枚とも先端までボロボロに焼け焦げ、特に響の愛機は尾翼を失うほどの損傷を負っている。

鶴のように細くくびれた機首は明後日を向いている。よく不時着できたものだ。

第二、第三戦闘楽団の壊走兵は這う這うの体で基地まで逃げ帰って来たが、着陸の際に滑走路を迷走し、待機中のクオリアを巻き込んだ。不幸中の幸いか”別離の曲”が奏功して死者はゼロにとどまった。

しかし、重傷者は数え切れず、大勢がライフバックステージに搬送された。半年から一年は音楽浴を余儀なくされるという。


沈静局は彼女らの勇気と栄誉を讃え、奏者が特別な曲を書き下ろした。奏たちの演奏はバックステージに届いているだろう。

戦闘吹奏楽者の一団がステージを降りようとしている。そのなかに響がいた。愛機の大破などどこ吹く風でひょうひょうと人ごみに紛れていく。

かける言葉も音符もない。奏にとっては演奏済みの楽曲だ。響がまさか自分を囮につかうなど夢想だにしなかった。


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