すれ違いの空対空演奏

「おめでとう!」「幸せにね!」「仲良く暮らせよ」

相次ぐ祝福と拍手。皆の笑顔が回転すしのよう。ステンドグラスが陽光に煌めいて鐘が鳴ってる。

ふわっとした浮遊感。ああ、これぞ有頂天って気分。参列者の上半身しか見えない。幸せだもの。

風琴が前奏を始めた。皆が口を大きく開け…

あれっ。讃美歌って違法じゃないか。

爆発と衝撃が白日夢を上下左右に揺さぶる。

<三番機、被弾>

破片が風防を連弾する。葬送の打楽。

<奏、響を伴奏してくれ>

指揮者から独奏を指示される。

炎上する尖塔を抜け、機体を立て直すと第二楽団が苦戦していた。

「ヌるゥ※倭キッーをヴ♂ぐタャん却めヂヂぴぅほ!」

奇棲の挽歌がクォリア88戦闘音楽器を鉄屑に変えていく。

<響はあたしが護る>

奏は操縦弦をぐっと引き寄せると翼下の眷属を解き放った。勇ましい管弦楽が傍若無人に舞い踊る敵歌手に襲い掛かる。

<ちょ、奏。そいつは…>

羽衣を纏った天女がクォリアの右主翼に降り立つと歌い始めた。

<近接歌唱?>

奏は目を疑った。管弦楽弾を一喝して墜とす歌手など前代未聞だ。

<こぉの!>

重厚な喇叭が小舞台に鳴り響く。響が追いすがる奇棲をどうにか振り切ったのだ。

太陽を背に鮮やかな転調を決め、真上からぶっ放した。

「何だと?!」

敵の歌が初めて途切れた。主翼から離れ、青空に身を躍らせる。

<今だ!打楽器を鳴らせ!>

<えっ? そんなので鎮まる相手じゃな…>

<いいから俺の曲を弾け>

ガラスの五線譜に敵と二人の音符が描かれる。奏は鼓を打ち鳴らした。

右へ左へ、音階を駆け上がる様に天女が昇っていく。

「瘴気の沼に泡がわく泡がわく♪小心者のわななきに♪」

挑発ソングが胸に刺さる。

<奏、打ち鳴らせ。撃ち払え!雑音を。心ひとつに>

ドコドコという響きが心地よい。彼女は伴奏者を信じて一心に叩いた。

「迷える羊は♪同じ場所を踏み鳴らし…」

饒舌な歌詞がぱたりと止んだ。

<えっ?>

風防の遥か遠くを紅蓮の人影が真っ逆さまに落ちていく。

<俺が終止符を撃ってやった。奴は主題を忘れたんだ>

振り返ると傷だらけのクオリアが寄り添ってた。

<ちょ、響>

これ以上、返す曲はなかった。そして彼女は別れのメロティーを贈った。

<どういう事だ? 奏!?>

少女の去った空にベースが虚しくリピートされた。



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