奏(かなで)と詩(ウタ)

水原麻以

騒嵐の朝

貴女の母親は嘘つきだ。それは本当だ。


騒嵐が滅ぼした花壇を掃いていると鈴草の蕾が弱々しく、そう告げた。

「歌姫なんか拾うんじゃなかった!」


かなでは清め琴を投げ捨てると部屋に戻った。厄介の種は既に己を咲しているらしくフンフン♪と鼻唄が聞こえる。

まったく気楽なものだ。誰かに聞かれたら命が危ない。奏の区画は沈静局幹部の宿舎で個人用舞台も防音障壁も備えた立派な造りだ。

それでも裏切者の寝首を狙う輩が耳を澄ましている。声楽は旋律をけがす背徳にして怠惰の感染源であるからだ。無論、死罪だ。

声楽を為した者あるいは隠れ歌手は賞金首だ。報酬で自分専用の楽団が奏者ごと手に入る。

それは祇音において最高の栄誉であり成功者の証でもある。衣食住満ち足りた環境で気ままに竪琴をつま弾けばよい。お抱えの楽団がそれを名曲にしてくれる。

心躍る調べに人は惜しみなく貢ぎ、奏者を潤し、旋律が音楽機関を動かし、糧や衣を紡ぐ。まこと森羅万象は五線譜に描かれる。その美しい調和を音嵐が乱した。災いは静寂の向こうから来る。奇勢どもの仕業だ。弾く事を知らず、ただ肉体を震わせ、言葉の暴力で祇音を脅かす。奏での母は演奏を捨て娘を声で苛んだ。彼女はいま、音符を忘れた者の褥にいる。目は濁り譜面を読めない。

いずれその皮は干され、弦となる。それまでに許しの曲を弾いてやれそうもない。奏は沈静局に生涯を捧げる決意をした。その宴の夜。即興が弾かれた。歌姫の闖入だ。

奏での衣をまとい、どこ吹く風で髪を結う。

<貴女ねぇ!>

奏では食器を鳴らした。

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