A16R16:四人だけ残ってください

 前線組が知らない情報といえば、キメラが最も気にする内容がある。ノモズが準備したより前の段階と考えて、真っ先に口に出した。


「三〇日も経ってないよな。多分だが」

「そうですね。キノコさんの作りかけが活きました」


 キノコは図面を広げた。自走砲の新型らしき外観と比較用の旧型が並んでいる。キメラは一応、ざっくりと特徴を見ておく。細かな字で材質やら許容できる誤差やらもある。


「私が見てもわからんが」

「さて、キノコさんのおかげでスットン共和国の飛行場と補給路が破壊され、再建と継戦の両立が不可能になり。内部の論調は、ガガさんからお願いします」

「僕が出入りした三地区すべてが、一定の目的へ向けた進行に飽きている様子でした。他へ戻れるなら停戦どころか降伏さえ大歓迎だと。他の報告も合わせて、上層部の乱心と見てよさそうです」


 外部からの調査や流言が通りやすくなった今、当然に各地から工作員が集まる。これ以上の詳しい話は必要な分だけ個人的に。ガガの話を締めて、話者は再び議長のノモズに移る。


「勢力バランスに関しては、私がカラスノ合衆国を通して一定の維持を要求させました。主要な採掘場が共和国領にあるので、その付近は帝国からの干渉は少なく済みます。帝国の余力もわずかですし。これらによる、合衆国が増長する懸念に関しては、私にお任せください」


 質疑はなかった。ノモズ以外は自分の周囲ばかりで、大衆の動きに回す目がない。ユノアとエンは理解していても、自分が届く範囲でないと理解している。誰も喋らないのでキメラが発した「やけに強気だな」に対し、「少しあったんですよ」とだけ答えて、話題を次へ進めた。


「最後にエイノマ王国ですが、ここは最悪です。調査員が二人も戻らない。一方で戻った調査員によると、異変は見つからないそうです」


 ユノアは頭を抱えた。

「臭すぎる、けど根拠も策もなし、か」

 キノコは楽観している。

「野生動物に食べられたんじゃない? あそこはそういう場所だから」

 ノモズが話を戻す。今はもっと優先すべき内容がある。


 「王国は別の班に任せて、私たちには大事な話がありますよ。現状の報告会は以上ですが、四人だけ残ってください。ユノアさん、キメラさん、キノコさん、エンさん」


 呼ばれなかった残りが立ち上がり、部屋を出ていく。足音が続き、扉が閉まる。ノモズは地図を広げて、伊達眼鏡を置き、続く計画を話した。


「皆さんにはガンコーシュ帝国に潜入していただきます」


 場の空気が一変した。鋭敏な三人は匂いで、キノコは語気から読み取る。


「エンさんの情報で重要事項と判断しました。ガンコーシュ帝国にいるとされる妖姫、これを進行中に危険因子の核と断定し、除きます」

「それでこの四人、なるほどね。けど、キノちゃんはなぜ?」

「帝国の工場を見て、意味がわかるのはキノコさんだけなので」


 キメラが一人、真っ先に難色を示す。


「待てよ。潜入にキノを連れていけって? 荒事になったら不利そのものだぞ」

「その通りですが、担えるのはキノコさんだけです。機械類の些細な兆候から情報を探れるのは」

「おいキノ、たまに連絡してくるあいつらは? あれで全員だめなのかよ」


 キメラの滲み出る焦燥とは対照的に、キノコはあっけらかんと名前を挙げていく。


「まずハキーンくんだね。彼は機械の現物からの調査は得意だけど、じっくり正確に調べるタイプだから時間がかかるし、プレッシャーに弱いって感じ。次にセイカさんは作って試す担当だからそもそも役目が違うね。短時間で把握するなら、きのがやるよ」

「他にもいただろ。四人組のあいつらも」

「それ量産班じゃないかな。サグウドさんは脚が悪くて口下手、残り三人は、実行は得意だけど調査は無理。きのが出るしかないよ、この組み合わせで必要なら」

「畜生めが! 絶対守るからな。ユノア」

「わかってる。手は回してある」


 キメラは大きな呼吸音を鳴らし、椅子の脚を唸らせて、背もたれまで軋ませた。最も命の危険が大きいのは背中を向ける、撤退の瞬間だ。キノコだけでもどこかに隠れさせて、昔馴染みに戦車で迎えに来させようとも考えたが、計画が漏れる経路を増やすのは避けたい。自分でやる範囲の他に期待できるのは、精々が「カワイイ子は死なない」と願う程度だった。


 一区切りがついた所で、エンも静かに難色を示す。


「私は遠慮させてほしい。顔が割れた者がいれば足手まといだ。ですがもちろん、ノモズさんが囮になれと言うなら従います」

「アナグマ流の言い方では、こういうときは『お断りする』と言うんですよ」

「ならば、お断りする」

「わかりました。ならば、スットン共和国への潜入ならいかがでしょう。お尋ね者への対処に躍起になったら、共和国の利益になりますね」

「つくづくアナグマの不可解さが見えていますが、了解しました。握らせたい情報があるなら、なんなりと」

「後日ですね」


 一人がまとめ役になり、実働を担うそれぞれが主張を出す。アナグマ流の会議はこうして進む。自らの領分を知り、関わる全員の領分を知り、すり合わせていく。全土の勢力バランスによって、全土に安寧を維持する。仮初でもいい。今とこれからを生きる全員のために。大目的が共通する限り、どんな要求でも柔軟に受け止められる。


 決めるべきものは全て決まった。議題がどうであってもいつもと同じ、同時多発的に、私用の会話が始まる。キノコからノモズへ、キメラからエンへ。


「ノモズさん、お願いなんだけど。きのに名前を貸してくれない? 帝国の工場を使ってみたい」

「使う?」

「だめかな?」

「想像している使い方がすれ違っているそうですが、キノコさんですし、どうにかなるでしょう。ユノアさんの目付けで、ですよ」

「やったあ! ノモズさんすき!」


「エン、先に聞いておきたい話がある。ミカって名前の女を知ってるか」

「知っていますが、なぜ今その話を?」

「最初みたいな喋りにしてくれよ。私らが会った時に離席してた奴で、単身で帝国へ乗り込んでいった奴だ。顔が通るらしい。もしかしたらと思ってな」

「失礼した。ならば同名の別人だな。私が知るミカは老女で、幼少期の短い間に世話になっていた」

「短い間、ね。消息はどうだ」

「私を庇って凶刃に斃れた。もう三十年前になる」

「死んだのか」

「見間違いはあり得ん。それに帝国でも少ないながら見る名前だぞ」


 キメラが望む情報を得られなかった。まだ何を判断するにも早いが、こうして考えを巡らす自体が、あれの手のひらで踊らされている気がして癪だ。切り替えて、目先の問題に取り掛かる。


 キメラが他の話を始めない様子に痺れを切らし、ユノアが口を挟んだ。


「ねえキメラ、今日はもっと大事なことがあるでしょう」

「んん? なんだっけな、もう済ませたはずだけど」

「やっぱり、徹夜か細切れな眠りとかをごちゃごちゃに続けたね。今日はさ」


 キメラの誕生日。アナグマでは名前と同列に重んじている。個人の判別に加えて、生存を祝う記念日であり、個々の居場所の象徴だ。アナグマで誕生日を祝わないのは、公衆浴場で大便を浮かべるのと同等の侮辱とされる。


「もしかしてだが、合わせてくれたのか」

「偶然だよ。ノモズはともかく、外の連中にとってはどうでもいいから」

「ありがとな。今年も同い年だ」

「短い間だけね」


 同時刻の部屋の外では、サグナの主導で会食の準備を進めていた。新しい仲間を歓迎するのはアナグマの慣例で、大切な仲間の誕生日でもある。どんな情勢でも変わらないし、変えない。


「行くよ。そろそろサグが準備を済ませてる」

「お前、あいつと仲良かったのか」

「知らなかったの? あの子の蝋燭は他とは違うのに。麻紐もね」

「ほぉーん」


 居室のテーブルにはすでに料理が並んでいた。全員が集まったと確認したら、クロッシュを外し、湯気を逃して、パーティを始める。


「いただきます!」


 キノコの元気な声が一番手となった。帝国へ向かう前の束の間の休息だ。向こうで食べられないものを今のうちに味わっておく。


 次に食べられる日がいつになるか、あるかどうかさえ、アナグマにはわからない。




――――


【1章あとがき】

ここまでスットン共和国編の愛読ありがとうございました。

来週21日は幕間で、

再来週28日に2章を始めます。


【2章の予告】

アナグマの3人がガンコーシュ帝国に潜入し、

妖姫を探り、無力化し、脱出します。

諜報の専門家ユノアを中心に、

機械の専門家キノコと、

荒事の専門家キメラが、

無害な避難民の顔で工場へ、

そして情報に基づき城塞へ。

おたのしみに。


【安心の情報】

主要4人は最後まで生存します。

(ユノア、キメラ、ノモズ、キノコ)

他の各キャラクターは内緒です。

すでに最後まで生死を含めて決まっています。


【修正のお知らせとお詫び】

水曜日ごろ、下記の2点を変更します。

(1) サブタイトルの話数表記に、

全体の何話目であるかも追加します。

(2) 一定のルールに基づいてサブタイトルをつけています。

ところが書いてる途中でルールの問題に気づき、

改める必要がでました。


上記2点を適用した変更が下記です。

変更前:『R07:傷心の調停者』

変更後:『A07R07:調停者の傷心』


長々と書いてしまいました。

1章のあとがきは以上です。

来週もよろしくね。


お詫び 2023/01/27

重大な誤りがありました。

キノコが技術部の名前を挙げるシーンで、

脚が悪い人として紹介した名前が、

後にぜんぜん脚が悪くない活動をしていました。

なので今ごろながら変更します。


変更前:イセクさん

変更後:サグウドさん

なおサグウドおじいさんは、

設定のみで本編に登場しませんでした。

スットン共和国出身の頑固なおじいさんです。

名前がサグナおねえさんに似てるが両者の関係はないよ。

こっちはガンコーシュ帝国出身です。

血縁はないよ。


このやらかしが起こった理由は私の組み立てかたにあります。

私は人を用意してから出来事を組み立てます。

登場しないつもりの人物をやっぱり登場させることもあります。

名前が意味なくサグナと似すぎているのでイセクを出し、

後に必要になったときも意味なくサグナと似すぎているのでイセクを出した結果、

こんな結果になってしまいました。

次回以降では設定段階でも意味なく似た名前を取り除きます。


補足

(1) 私が使う各名前は意味を持っています。

(2) 今回の名前は一部の変化も許容できないのでこうなりました。

(3) 設定だけある未登場人物は他にもたくさんいます。


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