あなたは一体何者なんです?

沢木が部屋を出ていくと、水野はその場にへたり込んだ。

「どうしたんだい?」男が声をかける。

「いえ 何でもありません」

水野が答えると、男はため息をつくと、窓の外に目をやる。

その表情からは、男が何を考えているのか読み取ることはできなかった。

「ねえ 教えてくれないかな? なぜ君は私に銃口を向けた? 」

沢木の答えを待たずに、彼は続ける。

「いや 別に責めてるわけじゃないんだ。私だって似たような経験をしてきたからね。私の場合は、銃じゃなくてナイフだったけど。君が銃を持ってることは知ってたよ。だって私は君のことを見てたからね。君があの時、私に話しかけてきた時からずっと見てたよ」


「そうか、お前はあの時の……」

「君は、あの後、私を殺そうとしたよね? だけど失敗した。なぜか? それは君が私のことを殺せないって分かってたからだよ。私は君のことをよく知っている。君が私を殺すわけがないってことも。君は優しいから。君が、あの時、私の命を救ったから。君は、私が苦しんでいることを知ってたから。君は、私が、君にとって大切な存在だって知っていたから。そうだろう? 君は、私が君を裏切ったとき、君を救おうとした。君が、私のことを憎むのは当然のことだよ。でも、君が、私のことを助けてくれたのも事実なんだ。だから 私は 君のことが好きになったんだよ。君は私のヒーローなんだ」

男は微笑みながら言った。


しかし、男の笑顔とは裏腹に、沢木の顔は険しかった。

「違う 俺がお前を助けたんじゃない」

沢木は、そう言って、再び、拳銃を構える。「お前は お前は、俺の両親を殺した」沢木は、引き金を引いた。


乾いた銃声が鳴り響いた。


男は胸を押さえながら倒れていく。

「どうしてだ? どうして君は、いつもそうなんだ? 君は、どうして、他人のことばっかり考えてるんだ? 君は、どうして、自分を犠牲にしようとするんだ? 」

男は血を吐きながら、沢木に問いかける。

沢木は、倒れた男に銃口を向けると、引き金を引く。しかし弾は出ない。弾切れだった。銃を捨てた沢木は、部屋の外に出る。そして階段をかけ降りた。彼はそのまま、表に出た。そこはマンションのエントランスだ。


沢木は辺りを見回す。人の気配は無い。外に出るのは危険だ。しかしここでジッとしていたところで事態が良くなるとは思えない。


そのとき、背後から足音がした。彼は振り向くと銃を向ける。そこには、先程の男がいた。


銃を構えられたにも関わらず男は落ち着いた口調で「やめとけよ」と言った。


「君はそんなもので人を撃ち殺したらだめだ。君はもう十分過ぎるほど、人を殺している。君の手が、その銃を取った瞬間から君は人殺しだ。君はこれから一生人殺しとして生きていかなければならない。そして君が奪った分だけ君は人から奪い続けなければならない。君の背負った罪が許されるまでね」


「うるさい 俺は誰も奪うつもりはなかった」

沢木は、一歩前に進むと「お前さえいなければ、こんなことにはならなかったんだ」と言い放つ。


男は、「そうだね」と言うと、ポケットに手を入れた。「これで最後だよ」


男が取り出したものを見た沢木は驚きに目を開く。

そこには拳銃があった。銃口をこちらに向けている。沢木が慌てて銃を取ろうとするよりも早く、引き金に指がかけられる。銃口はまっすぐに、彼の額に狙いが定められた。「さよなら 恭平」


銃声が響く。弾は沢木には当たらなかった。彼が避けたためだ。沢木は、拳銃を持つ腕を掴むと、相手の身体を地面に叩きつけた。「くそっ なんで君が」

男が言った。「お前こそ どうして」沢木が尋ねると、男は「君を救いたかったから」と答える。

「君は 君は、あの時のことをまだ恨んでるんだろう? だから君は、あんなことをしたんだろ? 」


「ああ 俺はお前が憎い」沢木は言うと、男の腕をさらに強く握った。「お前のせいで 俺は 俺は」


「君は悪くない 。君は 何も悪くなかった。君は何も間違っていなかった。ただ 少しだけ運がなかっただけだ」男は、沢木の目を見つめて言った。

「君は 君は 本当に優しい人なんだな」


「そんなことはない」沢木は言うと、男の首筋に噛み付いた。男は悲鳴を上げる。

「君が 君が、こんなことをする必要なんてどこにもないのに」

「黙れ」

沢木は言うと、さらに深く歯を食い込ませる。「ぐあぁぁ 頼む もう止めてくれ」男は懇願する。「君は 君は 、私を 助けようとしてくれたじゃないか」「黙れ」沢木は言うと、より一層力を込める。

「私は 君を 君を……」

男はそこで事切れる。沢木は、男の身体を放り投げると、ふと、空を見上げる。雲一つ無い青空だ。沢木は、自分の首元に触れると、そこにあるはずの傷が無いことに気づく。彼は、苦笑いを浮かべると、その場から離れていった。


「おい 大丈夫か?」

沢木は、水野に声をかける。水野は、気を失っていたが、すぐに意識を取り戻した。「沢木さん ここは? 」

「さあ どこだろうね」沢木は、周りを見ながら答える。二人は今、森の中にいる。水野が目を覚ましたのは、沢木が男を射殺した後のことだった。沢木は、水野を抱きかかえると、この場所にたどり着いたのだ。水野が気絶していた時間はそう長くはなかったが、それでも、この森の中ではかなり長い時間を過ごしたことになる。


「沢木さん あなたは一体何者なんです? なぜ なぜあなたは、僕に優しくしてくれるのですか? 」水野が尋ねた。「君は 俺に聞いてばかりだな」

「すみません でも僕は、あなたのことを知りたいのです」

「まあ いいけどね 」そう言うと沢木は歩き出す。水野もそれに続く。「俺は 俺は 君の言うような人間じゃないんだよ」沢木は呟くように言った。

「え? 」

「いや 何でもない」

沢木は首を振って否定すると、水野の方を振り向いた。「ねえ 水野くん 君は 俺のことどう思う? 」「どうって 」水野は戸惑った表情を見せる。「君は俺のことを嫌いかい? 」

「いえ むしろ僕は、あなたのことが好きですよ」水野は、そう言って微笑んだ。「そうか それは良かった」沢木はそう言って笑うと、再び歩き始めた。


森を抜けると、道路に出た。沢木たちは、とりあえず、そこから一番近い交番に向かうことにした。「君は、もう大丈夫なのかい? 」

沢木が尋ねると、水野は「はい 」と答えた。「それならよかった。俺はちょっと電話してくるから、君はここにいてね。すぐ戻ってくるからね。」沢木はそう言い残すと、立ち去ろうとする。

しかし、「あの 待ってください」と言って、呼び止められた。振り返った沢木は「どうかしたの?」と言う。

「またいつか会ってくれますよね? 」

水野は不安そうな顔で聞いた。

「もちろん いつでも会いに来るよ」そう言って彼は手を差し伸べる。水野はその手を握り返すが、沢木の言葉を聞くと笑顔になる。しかし、彼はすぐに寂しそうな表情になると、「でも」と言った。

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