あの日離した希望を、今なら掴めるだろうか。

田土マア

あの日離した希望を、今なら掴めるだろうか。


 彼と話さなくなってから二年が経とうとして、もう高校を卒業という時期になった。

 この頃になるとふと高校生活を振り返って、ああでもないこうでもないと自己反省会をする。

 もちろん、楽しいことも多かった。辛いことも多かった。


 ふと友達に聞かれた「高校生活の思い出は?」という問い。

 それに僕は「彼と話さなくなった事かな…」と答えた。


 暗い思い出というものは、聞く側に気を遣わせてしまうようで、「…なんか、ごめん。」と謝られてしまった。

 僕にとってはもう過去のことだし、いつまでも引きずるつもりもなかった。

 でもそんな残念そうな顔をされたら、僕まで罪悪感を覚えてしまう。

 必死に話題を変えようと、手元のプリントに目をやる。


みち』と見出しに大きく書かれたプリント。

 三年間学年便りとして刷られ続けたタイトルももうすぐ見る機会を終える。


 それすらも少し寂しく思えた季節。



 思い出というものはそう簡単に消えてしまうことは無い。思い出を残せば残すほど、別れが惜しくなる。

 だから思い出なんて要らない、そう思ってさえいた。今まで撮ってきた写真を振り返ろうとスマホの画面をスクロールする。

 写真一つをタップしては、これはあの時の写真だなぁとしみじみする。

 修学旅行で撮った写真、たまたま立ち寄ったカフェの美味しいメロンソーダ。

 色々な思い出が頭の中を駆け巡る。

 もう戻れないと知っているからこそ寂しさを感じた。


 懐かしさとは寂しさなのだ


 彼はきっとそれを僕に教えてくれたのだ。

 ふと思い返すと色んな感情が現れてきて、僕の気持ちを妨害してくる。



 あっという間に卒業式を迎えてしまった。


 今まで僕は高校生活で何をして、何を学んだのだろうか。いくら思い返しても答えすら見つからなかった。

 卒業式では一人一人が順番に呼名されていく、一組の一番から順番に二組、三組と呼ばれていった。

 その中にもちろん僕の名前も、彼の名前もある。


 彼の声を聞くのはこれが最後だろう。

 きっと彼もまた然り。


 長い校長の話も、見たことの無い保護者会の会長の話も全て耳には残らなかった。

 ステージで誰かしらが話している間、僕は高校生活をまた振り返っていた。


 その中には必ず彼が思い出として登場する。

 斜め前の方向に座っている彼の後ろ姿を覗く、いつも以上に姿勢がよく、凛として席についていた。


 長い話も終わりを迎え、ついに僕らは卒業する。体育館の入口に設置された幕をくぐれば晴れて僕らは別々の道に旅立つ。


 その幕までは吹奏楽部がアルセナールで見送ってくれた。僕が幕をくぐる頃はトリオの綺麗な部分で見送られ、綺麗な締めくくりとなった。

 僕の終わりなんて力強くなくていいし、目立つような部分でなくていい。

 静かに、そして綺麗に終われたらそれで良かった。


 その後教室に戻った僕らはクラスでの写真撮影、個別で友達との写真撮影などの自由な時間に当てられた。


 卒業アルバムの寄せ書きの欄は思ったよりもギッシリに書き込まれていて、高校生活が少しでも充実していたものだった。と僕に感じさせた。


 楽しい時間も、寂しかった時間もいつかは終わる時が来る。


 昇降口を通り抜けた僕は、校舎を後ろに胸を張って歩いた。


 今日は歩いて家まで帰ろう。少しは余韻に浸りたかったから、あちこち寄り道して行きたくなった。


 校門を抜け、コンビニを曲がったところで見覚えのある後ろ姿を確認した。


 僕の少し先に彼が歩いている。


 走れば追いつけるくらいの距離、というのを見てとった僕は足を動かそうとしていた。


「久しぶり、卒業したね」


 なんて話しかけていいのか分からず、結局その場に立ちっぱなしになってしまい、彼が角を曲がるのを待った。


 今話しかけていたら、何か変わっていたのだろうか。また何となく続いた仲を取り戻せるだろうか。

 僕の頭の中はそんなことでいっぱいになってしまった。


 まだ走れば間に合う。


 やったあとの後悔よりやらないままの後悔の方がツラいこと、それを知っていたにも関わらず、何故かそれが出来なかった。


 結局僕のてのひらには何も残らなかった。

 悔しさで視界が少しだけ滲む。


 あの日、彼との関係を忘れたいとまで願ったのに、どうしてまた話しかけよう。なんて気になったのか僕は未だに分からない。


 あの日離した彼の手を、今日は握れたかもしれなかった。

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あの日離した希望を、今なら掴めるだろうか。 田土マア @TadutiMaa

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