血溜まりの中

――――――

「」

「」アムが目を覚ました時、最初に見えたのは岩壁だった。

視界の先にメルがいた。メルのそばでアムの分隊に所属する仲間が倒れていたのだ。「」

どうすればいいのかわからないまま、岩壁に寄り掛かったまま座り込むと、 しばらくして敵部隊が現れた。「敵だ、隠れようぜっ」アムの仲間が叫ぶと岩陰に隠れた。しばらく経つとメルは倒れた味方を見つけ、応急処置を施す。その間ずっと敵が近くに潜んでいることを警戒したままだったのだが、ついに動きはなかったらしい。

「大丈夫だ、心配ないよ。俺に任せておきな」と男が告げた後にメルと仲間の二人が立ち上がった。「よし、逃げるぞ」男は岩場から出ると廃墟に消えた。敵部隊は散り、敵部隊の動きからメルたちが逃げ出したと判断したらしく追跡を諦めたようだった。(助かった)アムたちは廃墟に隠れることに決めたのだが、「ちくしょう」男が悪態を吐いた直後に銃撃を受けた。「」

メルとアムは咄嵯に身を屈めながら物影に飛び込んでやり過ごすことに成功したが、銃撃の音はやまなかった。メルは応射しかけたもののアムに制され、じっと身を縮めてやり過ごした。アムは泣き出しそうになりながらも必死に耐えた。そして「」敵の足音が聞こえなくなるまで息を殺し続けていた。「助かっ…………」安心感からか、急に立ちくらみを起こしたアムはその場に倒れ込み、気絶した。メルの腕の中で、アムの呼吸音が次第に小さくなっていく。「……」メルの顔から血の気が引いたのはこの時からだろう。

(この娘が死ぬ? ありえない! 俺はまだ何もやってねえ。なのに、なぜ!?)メルは心の底で嘆き、絶望しながら、なんとかアムを死守しようと、彼女を岩陰まで運びこんだのだった。その後の記憶はない。おそらく死んだのだと思う。

メル・リンドの肉体と記憶を持った魂は、肉体を失った後もセクター31で戦い続ける。

「……」

「」

アムは夢を見ていた。それは自分が兵士となり戦場で戦っている場面であり、その相手はいつも同じだった。

――あの男。

敵がメルなら話は早い。アムはメルが敵であることに躊躇することはなかった。敵は敵なのだ。殺せば良い。それが当たり前の行動だと思っていた。

メル・リンドに恋をしているなどと自覚した時から自分は壊れていたんだと思う。

「」

夢は唐突に終了した。現実に戻された瞬間、メルは反射的に岩を掴んでいた。「はっ、」と我に返ったメルは、岩に指先をかけながら周囲を観察した。アムがどこにいるか探るためだ。しかし岩に阻まれ、視界が悪い上に敵兵と鉢合わせするのは避けたいので慎重に移動するしかなかった。「……」メルが顔をしかめ、岩に身体を擦らせる度に皮膚に赤い筋が残る。「ちっ」と舌打ちをすると再び岩を掴み、ずるりと動くとアムを捜す作業を続けるが、なかなか成果が上がらないようだ。

「……っ」アムの声が小さく聞こえると、「いた!」と声を上げた。メルの目線の先は岩に開いた穴の向こう側にあり、岩肌が砕けて土煙が立ち昇っていた。敵兵は見当たらないので岩に張り付き中に入ると「!」血溜まりの中に倒れるアムが見えた。

「」アムを抱き起こし、「おい、おい」と頬を張るも返事がなかった。「畜生!」と叫び、涙が零れた。メル・リンドには感情などなかった。だが今の彼には自分の意思があり、言葉があった。

「……」

メルは自分の身体を確認するとアムを抱え上げてその場を後にした。


* * *

※ アムは薄目を開け、ぼんやりとした世界を見た後、「うーん」と背伸びをして「ふぁ~あ」あくびをしてから、目の前にいる人物が誰であるか確認した。

金髪の少女が立っていた。

年齢は自分より下に見える。身長は160センチほどで胸が少し大きめの童顔少女だ。彼女は自分の顔を見て何かを言った。「えっと?」聞き返す。

「おはよう、って言ったんだよ」「ああ、おは……うぇ?」と慌てて起き上がったが「……」アムは絶句した。「なんだい、その変な顔は」目の前の女の子に訊かれた。

「あ……」とアムが言いかけると「私はエルだ」と金髪の子が言ったので、「あっ、うん。あたしは……」と答えようとしたら、「お前さんの名前は聞いてるよ。メル・リンド」と言われて「」メルが振り返るとそこに軍服姿の青年がいて、

「メルは僕だよ」と微笑む。

「じゃあ、こっちのあなたが」とアムが言うと「僕はメル・リンドだよ」とメルが言った。

「あれ、おかしいね」とメルが首を傾げた。「でもさ、この子」とエルがアムを指差すと「君こそ、どこから来たのさ」とメルが返した。

「あ、いや……」とアムが口ごもり、二人の視線が自分に集まると「あはは」と笑う。

「まあいいや」とメルが立ち上がり、「とりあえず、ここから脱出しよう」とアムに手を差し伸べた。「あ、うん」とアムが手を取ろうとしたが、

「おっと、ちょっと待ってくれ」とエルが遮った。「なんだい、エル」とメルが尋ねると、「あんたら、私の質問に答えてないよね」とエルが告げた。「うっ……」とメルが怯む。

「いいかい、メル。私達は仲間なんだ。隠し事はなしだ。だから教えてくれ。あんたは何者だ? あんたの素性を教えてくれたら、私達も素直に話すよ」

「……わかったよ」とメルが答えると、「ありがとう」とエルが言い、二人に向き合うように座ると「で、メル・リンド。君はどうして、この惑星にいたんだい?」と問い質した。アムは不安げな表情を浮かべながら「……」と無言になるのを見て、「……」とメルも同じように押し黙るのだが、

「ごめん」とメルが言い、「実は」とアムが話し出そうとした瞬間、「……」メルは言葉を詰まらせたが、「やっぱり無理みたいだ」と苦笑する。

「どういうことだい?」と怪しげにエルが尋ねると、「俺は、」メルは一度目を伏せた後、「俺はメル・リンドだ」と静かに語った。そして目を見開き、両手の拳を握って立ち上がる。アムは驚いて、ビクッとしたが、メルはアムに構わず続けた。

メルの身体に異変が起きていたのだ。髪の色が白く染まり、肌が焼け焦げる匂いがする。服の一部が溶けている。彼は全身から蒸気を発していた。そして次の瞬間、彼を中心に暴風が吹き荒れる。それは彼の怒りが爆発寸前であることを意味していた。メルが叫ぶ。すると嵐が収まる代わりに、岩場が崩れ、岩壁が崩壊して大きな岩が落下して来た。それはまるで爆弾のようで岩が落ちて行く先にあるのはアムたちがいた場所だ。メルはアムを助けるべく飛び出したが間に合わなかったようだ。しかし……

――ゴトン! 轟音が鳴り響き、岩が大地に転がる。岩の下敷きになったのはアムたちではなく、黒い塊だった。それは機械だった。人間を機械化したものではなく機械でできた人型だ。しかもかなり精巧なつくりで人間に見えなくもない。だが、頭部にはカメラのような物が取りつけられていて人間の脳に当たる部分は存在していなかった。また腕には機関砲が搭載されており戦闘用なのは明らかであった。そんなロボット兵器が突如現れたのである。

アムは状況について行けずに固まっていたがすぐに動き出してロボットに近づいた。すると……。

――ピピッ! 警報が鳴ると同時に銃声がした。アムが振り向く間もなく肩に被弾する。

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