敵部隊の殲滅完了

二人は顔を見合わせた。「」「そうだよな」メルは困った顔で微笑みかけた。「……」アムは俯いた。「あー」とメルは頬を掻いて「また会えるかわからないが、それまで元気で」と片手を挙げた。

「」アムは泣き出しそうになったが、どうにか涙をこらえた。「」そう言うとメルの腕を掴んで「あの」と囁くと、少し離れた。メルとアムの目が合って、メルは微笑むと手を振った。

※ アムの体が薄れていく。

「それじゃ」「うん」

メルは空に手を伸ばし、何かを掴むような仕草をした。アムの目に涙が浮かんでいた。「バイバーイ」アムの唇が震えていた。メル・リンドの意識が薄れていった。

こうしてメル・リンドの魂は肉体を離れ、天へと旅立ったのである。

「あれ……」気がつくとメル・リンドは荒野に立ちつくしていた。辺りには瓦礫やスクラップの山が散乱し、砂埃が舞い上がって視界が不明瞭だ。「なんだ、ここは」見慣れた光景だ。セクター7から転送された先はいつも戦場のど真ん中だ。

(確か、自分は敵の弾丸を避けきれず死んだはず)とメルは考えた。ならば、これは夢か。

「いや、そんなことは無いはずだ」

記憶にある感触は紛れもなく生々しいものだ。だとすると、ここはまだ仮想空間の中という事か。メルの推測は正しかった。ここは現実のメルが転送されていた。

メルの思考を遮るように無線連絡が入った。「こちら本部、どうした」雑音の向こうに聞き覚えのある女性隊員がいた。

『応答しろ、メル!』

「あぁ、聞こえている」メルは通信機を握りなおすと状況を確認した。『アムとの同調に不具合か? 今どこにいる』

「敵部隊の殲滅完了後だ」『了解した。直ちに帰投して休息をとるといい。今回の戦果によりメル・リンドは勲章を授与されることになった』『分かった。ありがとう」

メルは回線を切ろうと息を吸ったが止めた。「……」少し考えると言った。「すまないが、もうしばらく付き合ってくれ」

メル・リンドの表情が険しくなった。「この戦場は俺一人しかいないのか」『ああ』

「……」

『メル、どうした?』女性の問い掛けに対して「何でもない」と返してからメルは目を閉じ、呼吸を整えた。(俺はどうしてしまったんだ)

『おい、メル。聞いてるか』

(アムは無事か。生きているんだろうか)『メルっ』

(そうだ、きっと生きてるさ)『メルってばっ!!』

『いい加減に目を覚ませ』女性は怒号に近い口調で言った。「うぅ……」メルの耳にノイズ混じりの言葉が届いた。

メル・リンドはようやく目を開けるとあたりを伺った。目の前に広がる風景にメルは唖然とした。

(こんなに、荒廃しきっていたのか……)

そこは現実だった。メルと仲間の傭兵部隊が廃墟の中で倒れ込んでいた。その周囲に死体と思しき白骨が散乱している。

(まるで悪夢のような場所だな。だが、まだ終わらない)メルはゆっくりと体を起こすと、周囲を観察した。生存者がいるのかどうかを確かめたかったのだ。

「生き残りは?」メルは呼びかけた。しかし返事はない。

(仕方ない。行くしか……)

『敵部隊だ』無線機越しに男の声が届くと同時に銃撃音が響いた。

※ アムは崩れ落ちる建物の中から脱出しようと必死だった。

『大丈夫か』と、無線が入るが、すぐに銃声が鳴り響く。

(誰か助けて)とアムは願った。『動くんじゃねぇ』アムは肩を捕まれた。『お前の頭、吹っ飛ばすぞ』「……」アムは恐怖に顔をひきつらせた。

『死にたくなければ、そのままじっとしてろ』男はアムの髪を鷲づかみにして強引に引き倒した。

アムは泣きながら「ごめんなさい」を繰り返した。

※ 戦いの最中、男は倒れたアムを見つけると、舌打ちを漏らした。

「ったくよぉ、なんで女ってのはこういうのが多いんだ」

男が言った直後、銃撃が止んだ。男は振り返るとメルを見た。

「……」無言のまま銃を構えるメルを見て、男が慌てて立ち上がった。「ちょっと待てよ。誤解すんなって」と言いつつも、男は腰の拳銃を引き抜いた。

「女子供を撃っても気が引ける」

メルは構えていた小銃を下げた。「」

「お礼なんて期待しないでくれ」と男は続けた。

「助かりました。あの……」とアムが立ち上がり、男を見つめた。男は面倒くさそうに鼻を鳴らしてから「……」と沈黙を保った。

「私はアムと言います」アムはぺこりと頭を下げると、「あの、私と一緒に戦えませんか」と提案した。「無理」男はあっさりと断った。「でも、」アムは諦めずに言った。

メルが割って入った。「あんたの名前を聞いてなかったな」

「名前なんかねぇよ」

「……」

「……」二人は睨みあった。男の年齢は三十歳前後。髪も髭もない。黒い外套に防弾ベストを着て、ベルトには無数のナイフが刺さっている。

「あんたはここで何をしてる」メルが質問を絞り出した。

男はため息をついた。「仕事だよ」とだけ答えるとメルを押し退けて歩き始めた。「どこに行くんです」アムが言ったが無視された。

「くそっ」メルが追い掛けた。「おい、待てよ!」

「うるせぇ」

男はメルの手を掴むと、地面に投げ落とした。受け身を取ると、すかさず馬乗りになり、拳をふり上げた。「な、なんだよ、くそっ」メルは無我夢中で男の顔面を殴りつけた。何度も殴るうちに相手の歯が折れ、肉が裂け、血飛沫が飛んだ。それでも手を止めることができなかった。メルの目が霞んで、意識が失われる間際に男の姿が消えた。

(なんだ、あれ)メルが顔を上げると男はすでに遠くまで移動していた。男は立ち止まっており、背中を向けたまま言った。「これでわかっただろう。戦場で戦うことは無駄な行為だ。無意味に命を賭ける価値がないと気づけ。じゃあな」

「……」メルはアムを抱き起こすと優しく抱き締めた。

「ありがとう」とアムが呟いた。「気にすることはない」メルが微笑むと、アムは涙を流した。

『二人とも聞こえるか?』

二人の前に女性の声が流れた。「はい」「」二人は同時に応えた。

『作戦終了だ。帰還しろ』

「」メルとアムは荒廃したセクター35に降り立った後、「それでは」と言って互いに別れたはずだった。メルは任務完了の旨を本部に報告すると戦場を離れたのだ。そして次の日、セクター34への再降下命令を受けて現場へと赴いた。「」メルは混乱した状態で自分の肉体に魂を戻し込んだのである。「くそ、何なんだ」メルは自分の身体から抜け落ちようとする精神を追い求めていた。だが、うまくいかない。

「どうして」アムが言った瞬間、メルの姿が消えた。

同時に無線が入った。『撤退しろ、アム。ここはもうじき崩壊する』「……」『おい、どうした』と女性の声がする。「……」アムは震えながら耳を押さえたが、『聞いているのか。おい、アムッ』「うわあぁぁぁ」アムが絶叫した直後、通信が切れた。

(まさか)

アムは目の前に広がる光景を呆然と見つめていた。

メル・リンドが巨大な瓦礫の下敷きになっていたからだ。

アムはメルを引きずり出そうとしたがビクともしなかった。

「いやだ、いやだ、こんなの嘘だ」アムが叫んだ途端、地面が大きく揺れた。崩れた岩が降ってくる。逃げ場のない場所に立っていた。岩はゆっくりとだが確実に近づいてきている。「助けて、メル!」アムの悲鳴にメルは答えず、瓦礫の奥へ姿を消してしまった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る