『戦 争:第7ターン』

司令が話し終えてもメルは微動だにしなかった。

その間ずっと自分の心音が聞こえていたからだ。

まるで時限爆弾を抱えているような気持ちだった。

心臓のポンプが動くたびに何か悪い予感めいたものが胸を刺してくるのを感じていた。

だがそれが爆発する前に話は終わった。

司令は最後にもう一度メルの肩を叩き、去っていった。

あとは現場の判断だ。と、いったところだ。

※ 数日後、 第二期選抜の志願者たちが集められている場所へ、 また例によって軍服の男が二人やって来た。

その片割れ、禿頭の男は、 メルともう一人のメイド、アムの顔を交互に見比べて、言った。

どうだ? お眼鏡には叶いそうかね

「合格」メルが答える。

やった!という表情のアムはさっと右手を差し出した。

メルはそれをしっかりと握る。

これから長い付き合いになるからな。よろしく頼むぞ こうして彼女たちの「初陣」が決定した。

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次話『戦

争:第7ターン』

■主な登場人物(年齢未定)

●リンド・ラスト/メル 女性/15歳

(肉体年齢18歳。ロストテクノロジーによる精神同調により、成長を停止している)

男性/172cm 68kg 外見的特徴=銀髪、蒼眼 本作の主人公。追憶都市ポリス出身。戦闘では銃火器を使うが本領ではない。

職業は情報屋。「リターナー」の一員。

性格は極めて明るく、楽天的。一方で冷静沈着で計算高く、打算的である一面も持つ。

人見知りの傾向もあるが、慣れると非常に懐きやすく、甘え上手でもある。

他人の恋愛事情や性的な事柄に対してやや興味津々であり、あけすけに聞く癖がある。

反面自分の事は余り喋らず、秘密主義的である。

趣味のお菓子作りは腕前がなかなかで、甘いものは全般的に好みだが特にクッキーが得意。

「戦争は嫌。でも人が死ぬのはもっといや……そんなことを思っていました」

「この手は血塗られていますけどね」

「わたしが生きている理由は――戦うためです」

「だからもう逃げません」

「ご主人様のために。そして何より自分と家族のため、平和を勝ち取る戦いをするつもりでいます」

この一言で志願した兵士は多かったという。だが、戦場では誰もそんな生易しい事は言わなかった。

メルは歩兵銃を携え、瓦礫の街を歩いた。

街角には花が咲き乱れていた。煉瓦造りの家々の壁にもたれて、少女が一人、眠っている。そっと手を触れてみる。冷たく硬くなっていた。

「ごめんなさい……」

彼女の頬には涙の跡が残っていた。

メルは少し迷って、その手に唇を寄せた。

「さよなら」

そして、ゆっくりと立ち上がった。

「……あ……」

メルは夢から覚めた。

寝ぼけまなこを擦りながら上半身を起こす。

辺りを見回すと、そこはベッドの上だ。

「ああ、そうか」

メルは思い出した。

昨日、このセクター35に到着したばかりだった。

ここは前線からかなり離れた辺境の地だ。

しかし、それでも敵はやってくる。「敵……か」

メルは呟いた。

この世界は仮想空間だ。現実とは違う。

そうわかっていても尚、この世界の住人は血を流し、傷つき、死んでいく。

「あの子たちはどんな思いで戦ったんだろう……」

今さら考えても詮無いことなのに考えてしまう。

メルはベッドから起き上がると大きく伸びをした。

「んーっ」

カーテンを開けると眩しい朝日が差し込んできた。

「今日もいい天気」

メルは大きく深呼吸すると、着替えを始めた。

「おはようございます」

食堂に入ると、給仕のアンドロイドが頭を下げた。この店の主人はもういない。

「お好きな席へどうぞ」

店内は閑散としていた。客は一人だけだ。カウンターの奥で若い男がグラスを傾けている。

「隣に座ってもいいですか?」

男は顔を上げた。まだ少年の面影が残る優男だった。口元には穏やかな微笑みを浮かべている。

「どうやら、僕たちだけになったようですね」

「ああ……そのようだな」

「では、始めましょうか」

「何を始めるというのだね?」

「もちろん、この世界の真実についてですよ。貴方と僕の二人で」

「君は一体?」

「僕は運営です」

「君たちの言うとおりにすれば、我々は助かるのかね」

「ええ、もちろん」

「わかった」

メルは静かに目を閉じた。

「……戦争を終わらせるために、私に力を貸してくれ」

「いいでしょう」

「……さっきの話の続きだが、私は何故こんなことになったのか、わからないままなのだ」

「わかりますよ。誰だって最初はそうなんです」

「そうなのだろうか」

「ええ、そうですとも。ところで、お名前は? いつまでも"貴公"とお呼びするわけにはいきませんから」

「メルだ」

「メルさん。それでは改めて、よろしくお願いします」

「こちらこそ」

メルは握手を求めた。

「……」

だが、相手は妙によそよそしかった。

「どうしたのかね」

「いえ、なんでもありません」

男はにっこりと笑った。

「ただ、手が汚れてるのを思い出しまして」

メルは思わず吹き出してしまった。

「ふはははは」

「あははは」

「確かに、君の手は真っ黒だ」

「そういうことです」

二人は笑い合った。

「では、まずは朝ごはんにしましょう」

「賛成だ」

メルはテーブルにつくと、朝食を注文し、再び目を閉じるのだった。

「うわぁ、凄い」アムが感嘆の声をあげた。

「これが本当の最前線か」

「噂に違わない光景だね」

リンド・ラスト率いる第二期選抜の志願者たちは、荒野を行軍していた。

彼らの目の前に広がるのは、廃墟と化した街並みだ。

かつて繁栄を誇った大都市の成れの果てであった。

「ここが、追憶都市ポリス」

メルは呆然としながら、その風景に見入っていた。

「なるほどな」

「こいつはひどすぎる」

「まるで地獄じゃないか」

他の志願者たちも口々に感想を言い合っている。

それは、ある意味当然の反応と言えた。このセクター35は追憶都市ポリスから遠く離れた僻地にあった。

つまり、敵味方の戦力の空白地帯にあることになる。

そんな場所で戦闘を行えばどうなるか。

結果は火を見るよりも明らかである。

「みんな! 聞いてくれ!」

メルは大声で呼びかけた。

「この街にはまだ生存者がいるかもしれない」

「どういうことだ」と誰かが聞いた。

「この都市は放棄されてから百年以上が経っている」

「それがどうかしたのかい」と別の誰かが尋ねた。

「敵はその間、ずっとこのセクターを監視していた筈だよ」

「まさか……」

「うん、そのまさかだ」

「生き残りがここに潜んでいる可能性がある」

「俺たちの役目はその捜索と救助だ」

「さすが少尉殿」

「頼りにしてるぜ」

「よし、行動開始だ」

メルは号令をかけると、部隊を率いて歩き出した。

「目標はこの先だ」

「了解」

「警戒を怠るな」

メルは油断なく銃を構えた。

このセクターに敵が潜伏しているとしたら、どこにいるか。

答えは一つしかない。

「奴らは恐らくこのセクター35にいる」

メルは断言した。

「何故わかる?」と質問したのはリンド隊の副官だ。彼はメルより年長だが階級は同じ中尉である。

「私の勘だ」

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