バーチャルフライト
「まるで納骨室だわ」
ゲートをくぐるなり司奈は漂白された。だだっ広い吹き抜け部分以外はすべて白い壁だ。人はまばらで一種異様な寂寞がある。
本来は抜けるような青空をバックに東京湾めがけて銀色のジャンボジェットが飛び立っていくといった賑やかな光景が広がっていた。
それが一変したのは、日本全土いや世界を巻き込んだパンデミックの影響だ。感染予防のため国家間の移動が鎖国並みに制限され、航空会社は壊滅状態に陥った。しかし、モノや金が地球規模で循環する経済において、人の移動だけを制限することはできない。いくら遠隔コミュニケーションが発達しようとも現場作業はなくならない。直接、立ち会ってみないと判らなかったり、膝をつきあわせて話し合う事でしか伝わらない内容もある。
そこで5G技術を基盤にしたテレプレゼンスロボットが発明された。旅行者は航空機の座席の代わりにブースのチケットを買う。そして、一糸まとわぬ姿か水着に近い格好で頭まで水槽に浸かり、テレプレゼンスポッドをかぶる。あとは浮力に身を委ねて仮想現実を泳ぐのだ。ロボットが現地に空輸される間は文字通り夢ごこちな機内生活を疑似体験できる。司奈は官給品の上着とスカートを脱ぐと体にぴったり張り付くネオプレーンのワンピース水着姿になった。
抜き足差し足でストッキングとスカートを脱衣かごに放り込み、ポッドをかぶる。
つんと薬液の匂いが鼻につく。完全に体が沈み込むが不思議と息苦しさはない。
ふわふわと上下感覚がおぼつかない。しばらく、わたわたしているとグイっと何者かに足をつかまれた。光学催眠だ。テレプレゼンス装置が彼女の視覚を介して運動神経に直接介入する。司奈は何もない水槽の中で体をL字型に曲げ、まるで透明の腰掛に座っているようだ。
乳白色の視界がじわじわと色づいて豪奢なファーストクラスに早変わりした。
「お客様?」
女性のキャビンアテンダントが顔を赤らめている。
「な、なに?」
司奈が問うとCAは恥ずかしそうに小声でささやいた。
「お客様、あのう、何かお召し物を」
言われて司奈は気づいた。かぁっと全身が熱くなる。
VR画面にアバター用のフィッティングルームが表示され、課金画面が開いた。
「たっか」
司奈はレコメンドされた服の値段に驚いた。カクハンの予算を圧迫できない。それで彼女は無料アイテムを仕方なく選んだのだが、思いっきり後悔した。学生向けのパックツアー、しかも個人向けの切り売りなんか使うんじゃなかった。
通路側の席にブレザー制服をまとった少女が座った。「あら、貴女、その制服かわいいわね」
話しかけんなって、と司奈は内心悪態をついた。何も好き好んでセーラー服を選んだわけではない。
頼みもしないのに少女は勝手にべらべら自己紹介をはじめた。
どうでもいい個人情報の羅列だが一か所だけ司奈の琴線に触れる部分がある。
彼女の名はルネといった。
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