カクサン~警視庁第三課

板に墨痕淋漓と新しい部署名が記された。拡張事案特別三課カクサン

「だっさい名前」

警視庁から出向してきたばかりの青山司奈刑事は古めかしい看板をさっそくこき下ろした。

「まぁそう吼えるな」

小坂融像警部補がたしなめる。

矢作絵里奈行方不明事件の重要参考人が10年ぶりに現れたというのに、青山はちっとも嬉しそうでない。

「もっと素直に喜べって言いたいんでしょ? 喜べません」

司奈が仏頂面するのも無理はない。拡張事案は犯罪捜査の中でも手間がかかる割にリターンが少ない。人類に有史以来おそらく最初の行動変容を強いた新型コロナウイルスのパンデミックから十余年。世界は大幅に変化した。闇の部分はもっとだ。古き良き時代と事あるごとに懐古されるように感染症対策についてこれない文化や技術は容赦なく滅びた。もちろん、いくつか有効な治療薬は開発されたが、完成する頃に時代は不可逆方向へ舵を切った。

社会的距離ソーシャルディスタンスの概念が家族間にさえ冷酷なくさびを打ち込んだ。その溝を埋める技術も発明されたが、社会の分断が生み出す犯罪はますます傷を深めていく。

「喜ぶんだ。カクハンはそういった社会の混沌をかき混ぜて闇に潜む悪を掬い取るんだ。飲むか?」

縦長のスープ鍋にオタマジャクシを差し込む。玉子とコーンの韓国風スープがかぐわしい。新型感染症の流行で飲食店が廃れ、このように各職場にランチバーが普及している。

「でも、宇宙規模の犯罪捜査に地上勤務っておかしくありません?」

マグカップを受け取りつつ、まだ不平を漏らす青山。

「飛行機の出来損ないみたいな乗り物にミニスカートでまたがって、パンツをちらつかせながら悪党を蹴る仕事が刑事の本分だとでもおもったか?」

「古っる!」

司奈はコーンを吹き出した。

「おう、フルサカよ。生き字引のフルサカ大魔王よ。そんな俺でも量子テレポーテーションを扱う部署に配属されたんだ。一に現場、二に現場、齢百まで数えて骨を埋めるのが現場だよ。わかったらとっとと聞き込みに行ってこい」

融像は論点をすり替えて巧みに司奈を追い出した。

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