大きな翼

その姿を見た。天を覆うほど美しい大きな翼を広げ、薄紫に青い空を、眼下まで昇ってきた。「キース?!」それがキースの本当の姿であり、最後の戦いを終えたところだった。

地上では彼女に抗う者はもう誰もいない。「キース!!」



その姿を見て、思った。「やっぱり、あたしはお嫁さんに負けられない」

新婦は風を切り、自分の力で羽ばたいた。



彼女も天を覆うほど美しい翼を広げ、天に昇った。

これから、婦妻の関係がどんなものになるのか、キースは少し不安だった。だが、キースの生まれ故郷であるアイスランド上空に着いた時、それは明らかとなった。

「何て事だ。あの時とはまるで違う。空って本当に綺麗なんだわ」

「ええ、言葉を失う」

佐田アンが二人の間に割り込んだ。その傍らには烏の羽を背負った直哉。

「この空は本当、美しい。」

「本当、綺麗な空。」

彼らは人間界を離れ雲間に新しい恋を探すことにしたのだ。

地上では林崎秀美が幼い娘の昼食を作りながら在宅ワークに励んでいた。

お隣の安永一家が震災で亡くなる直前に紹介してくれた仕事だ。

突然のことで当日の見合いは中止になったが娘を女手一つで育てていこうと決心した。もうだれにも頼らない。


空を見上げ追撃天使たちは優しい笑顔に変わった。彼らの空を見上げると、心は澄み切っていた。悲しい事に、そこには希望があった。悲しい事に、彼らには自分の生きている間、自分の意思では叶えられないものが、まだあり、そこには何とも思わないモノが確かに存在している。

「本当、空は美しい。」

「何て、きれいな空なんでしょう。」

「本当に、綺麗だわ。」

アドニスは逆世川の災害復興住宅を見下ろした。

「もう、これから僕たちはどうすればいいんだろう。」と子供たちは、不安を抱えながら過ごしているが二人の女性ケースワーカーが寄り添っている。


生きるって素晴らしいなあ。私の魂は、もうあの空になった。

林崎秀美は思いつくままに投稿フォームを埋めていく。

新人賞の佳作に引っかかり書籍化には至らなかったが、埋もれさせるには惜しい、と他社編集部からお声がかかった。

短編集の一角に受賞作が載り、写真集に添えるポエムを依頼された。


「ね~おかあさん、傑作、出来た?」

沙耶にせがまれて草稿を見せた。まだまだ推敲が足りない。

「ん~。文がまとまらなくて…御飯焚けるまでに納品するね」

母は稿料と最低賃金を天秤にかけているのだ。創作とは糧である。


『天使のかいな』 


幸福の天使ってどこにいるのだろう。

それを確かめたいんだけど……。

「さあっ、出てきてっ!」

「「「「「「「「ああ、やっぱり!」」」」」」」」」

「…………。」

「ああ、やっぱり。」

「本当、美しい空だな。」


「そうだ! こんな綺麗な空になれるよう、僕はこれを手に入れたいんだ。」

「君たち、もういいでしょ!」

「「「「「「「えっ?」」」」」」」」

「もう、君たちのものにしたから!」「君たちは、もう帰って!」「どうして、そこまでしたの?」

「「「「「「「…………。」」」」」」 」

「ああ、うん。」「いや、でも、君たちだけを残したいとも思うけど。」

「今、その話は……いいんです。」「そうです。僕たちの子供たちだけ残し、もう大丈夫ですから。」

「「「え……。」」」

「まだ、まだ何か考えがあるのかもしれませんから。」「でも、大丈夫ですよ。」

「…………。」

「……それなら、僕たちも行くことにします。」「何か、ありましょう。」

「何かありますの?」「ええ、大丈夫ですよ。」

「そんな、何にも……。」「いいんですよ。」

「あ、そうそう、私からも。」

「何かあります?」「いえ……。」「何か、ありますか?」




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追撃天使アドニス~天魔庁捜査戦線 水原麻以 @maimizuhara

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