尽きの砂漠

ニューメキシコ州ブライトウイッツ郊外、ジャージャービル乾湖。数万年前に干上がった内海が純白の岩塩を残した。しょっぱい雪を蹴散らして軌道飛行プレーンが舞い立つ。X-77ピュアヒューリー・レディーはエアロスパイクエンジンの最終調整フェーズを終え、渉外向けのデモンストレーション飛行を開始した。その時、機内に人影が現れた。

目に飛び込んできたのは、一人の青年だった。目に入った男の顔には、見たことも聞いたこともない模様があった。その青年の顔は、白く固まって人のものではない。その姿を見て、X-77の乗組員は何の言葉も吐けなくなっていた。機体が、青く明滅した。

『俺はあんたらに貸しをつくる』

青年の口から発せられた声は、X-77の音声認識プログラムに変換され、制御システムのファイルアクセス権限を全て書き換えた。誰も青年の名前を記憶できず、異常ログが青年の心の声が記憶することになる。青年が天使の傀儡くぐつであると、誰も理解できず、彼らの言動は何の影響力(リミッター)も無かったはずで、何より彼ら自身がそこにいて、その事に気づけなかった。

傀儡は、誰かを救いたいという思念の結晶だった。

そしてそれが粉みじんに風と消えると、ふうわりと純白の衣が腰までめくれた。機内天井の黒円から翼を背負った女がもう一人。

「アムンゼン・スコット空軍基地の機体は抑えた。あとは、よろしくね」

先の女が肩をたたいて黒円のなかに戻った。

残った天使がパンと手拍子を打つ。すると凍てついてた乗員が我に返った。

「フェリスCEO?!」

サプライズにパイロットたちは仰天する。

「何を呆けているの? 世界が観てるわよ」

アドニスはカメラ目線で実況を開始する。そして男たちに翼下パイロンのフェアリングを開くよう命じた。爆裂ボルトがはじけ飛び、花弁のごとくカバーが散る。ロボットアームがずんぐりむっくりした鞘をさしのべる。続いてロックが外れ、抜魂刀が陽光にきらめく。このままハイパーゴリック燃料に点火。LEOに移行。第二宇宙速度まで加速を続ける。

彼女が斬っているのは緯度だ。


ちょうど同じ時刻。南極点から打ちあがったF-121エフェメリスが経度を刻んでいた。

地上では在家信徒と各国正規軍の死闘が繰り広げられ、いくつかの政変が成功しつつあるが、不毛の戦いだ。


ダモクレスの剣とヘラクレスの柱が錯綜しもつれ絡み合い雁字搦めになったしがらみを緯度一度、経度一度の単位できれいさっぱり断ち切っていく。

そしてキースは今や地獄軍団の総司令になりあがった直哉に作戦開始を要請した。

「閻魔省より下達、三途閘門の解放を完了」

アドニスが天界の準備完了を告げた。

「よっしゃ!忘却河川レーテー全開ぃイイ!」

直哉の号令で地獄の窯が開いた。溜まりに溜まった煩悩の奔流が瀑布となってアイスランドから溢れ出る。

景勝地スィンクヴェトリル。世界最初の民主主義国家が成立した土地から光り輝くしぶきが噴出する。それは地表を覆う清流となって赤道めざして国という国、街という街を洗い清めて行った。

キースが冥府に上奏したプランはこうだ。

異世界転生教徒ナーロッパや閻魔省上層部などレーテーの環境汚染を盾に下界のみならず天界の隅々まで煩悩で毒そうと企む輩がいる。

それならば目には目を歯には歯を、俗欲には俗欲だ。地獄にたっぷり堆積したる欲望できれいさっぱり押し流してやればよい。

「清めようという善き心も、また欲なのですから」

キースの慧眼に胸を打たれた冥府は腐敗の一掃に着手した。


こうして閻魔省、天魔庁、地獄まで股にかけた一大疑獄事件は解決した。

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