NPO(国立教育局)

「ヒープ領域破壊攻撃か。古典的だな…彼女らは何者なんだ?」

キューブ型の教団施設。内部は氷点下20度に保たれオペレーターが防寒着姿で操作卓と向き合っている。「天魔庁は職員に下界のハッキング技術を授けるのか?」

真顔の富雄にフィーナが破顔する。「あはは、そんなまさか。強いてあげるとすれば追撃天使の属性がなせる業かしらね」

「そうでもなさそうです」

オペレーターが監視カメラを切り替える。左岸の教団施設に不審者が侵入した。

先導しているのは林崎家の長女、沙耶だ。それを天使二人が追いかける。

フェンスによじ登り隣の敷地に入る。


『NPO(国立教育局)』本部の敷地を振り向いた。そこは、『NPO』に所属している生徒の居住エリアだ。教団が蔦蔓市に莫大な献金をして誘致した。独立行政法人の一つで教団自慢のキューブ型サーバーを活かした次世代情報教育を模索している。ゆくゆくは認可を受け教団付属の学校法人化する計画だ。

「放置していいのか?」

フィーナは富雄に「どうやら沙耶がキーパーソンのようね」と返した。


敷地の中から、キースは周囲をうかがう。「この建物に立て籠もっている子がいるみたいね」

「ちょっと待って」

沙耶は耳をそばだてる。

「鍵を閉めて」

取手を引っ張ると、部屋の奥から鍵を差し入れる音が響き、キースは開け放たれた扉をくぐれそうだった。

「待って!」

アドニスは必死で止めたが、キースはこちらを振り向いてくる。まるで親に逆らえない子どものようだった。

「あのね、アドニス。私、その子に話があるの」

キースの眼差しは不安に凍てついていた。

「じゃあ手短に、じき追手が来るから」アドニスは言いながら、キースの肩を押して強引に目的の部屋へと引きずっていった。


むき出しのコンクリート部屋。その隅で十歳ぐらいの少年が膝を抱えていた。

「安永…栄一さん…?」

キースが確認すると少年がうなづいた。

「キースを待って! 私の話を聞いて! 私は私の家族を、あなたの家族を見る! それだけでいい。私はあなたの味方だよ。一緒にいたいだけ」

キースが振り向くと、その瞳には決意の色が滲んでいた。

「キースの家族はキースの幸せを願ってる」

「キースは本当に私の味方なのかな?」

沙耶が首をかしげた。

「当たり前じゃない。だから、ちゃんと話して」アドニスはキースに言った。「聞いたら、怒ったりしない?」キースは強情に言い返した。

「怒ったりしない。でも、今はただ、お願いします」アドニスは言いながら、キースを見上げた。そして、自分のことを思いやっているのだと感じた。

「アドニス」キースは言いながら立ち上がって、

「本当に、貴女には感謝してるけど、私もきちんと言わなきゃいけない気がする」

「何?」アドニスは振り向いて言った。

「本当に、ありがとう」

キースは立ち上がって、部屋の奥の扉に向かって歩いて行った。

「私も、キースの味方だよ。君の味方だから」

キースは振り向かなかった。そして、扉に両手を触れた。

「ごめん。私、この先、天使を続けていいのか心配になってしまったの」

キースの表情は苦渋で暗かった。

「馬鹿な真似はやめてちょうだい」

アドニスの眼前に燐光が凝縮し抜魂刀が召喚された。

「ちょっと、キース!」

「アドニス。聞いて」キースは言った。

「彼は過ちで生を受けた子。そしてすべての誤謬の始まり。だから、あたしの手で始末する。そのあとは…」

アドニスはもう、キースの話を聞かないと決めていた。これを聞いたからには、キースが自分の家族や、キースが守りたいと願う「家族」を守るためにどんな無茶をしでかすかわからない。だから力づくで阻止すると決めた。

そのためなら、どんな犠牲でも厭わない。キースを突き動かすのは、もうひとつ理由があった。

「直哉を秀美さんと沙耶ちゃんに返すんでしょ?」

「うん」キースはうなずいた。「いい子ね。でも、そのお願いが聞き入れる前に、私のことを愛してちょうだい。私のこの気持ち、全部知ってるなら受け入れて」

「キース、あんた、本当に何を考えてるの? あんたは、粋がってるだけよ…栄一さんには妻子がいるのよ」

キースは少し迷ったが、うなずいた。「そうだね。確かに、自分を責めてるだけだ」

「あんた、私のことを、誰かの家族の為に犠牲にできたの?」

アドニスは尋ねた。

「いいえ。でも直哉を好きになってしまった」

「でも、それって、全部自己責任ってことだよね。彼のことは何も悪くないのに、それを彼のせいに、なんて言えるの?」

アドニスがは呆れたように言った。

「でも、キースは、私のことを助けてくれたし、助かったんだよ」

「…………」アドニスの顔が、強張る。

「何?何? どうした?」

そこには抜魂刀を担いだジョゼと見知らぬ子どもたちがいた。

「待ちに待ってた出番が来たわ。教団信者ファミリーを護るために不要な関連性はすべて叩っ斬らなきゃねえ」

フィーナも刀を構えている。「お前たちが正当化してくれるまでずいぶんと回り道をした。お前はまだ天使だ。いうなれば天界を代表してここにいる。だから、お前たちの発言は公式とみなす。天の総意だ」

そういうと、建物の内外で「おおっ!」とどよめきがあがった。

ガタゴトと引込線に団参列車が入線する。そして刀を担いだ老若男女が乗り込んでいった。

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