宇宙空間
光も風も存在しない、
地を覆いつくしたいま、
この空は宇宙空間といっていいくらいうつろで、ぽっかりと空いた…。
あるいは、
この空を包む
「光…」
天からの光は何もない。
空だけが輝く…
地も大地もない空。
その空の中を。
その中に…。
言葉が、詩が、唄が、歌と謡が、詞が、噂が、嘯が、囁が、騒が廻っている。
「キース?!」
その懐かしい声に向かって力強くはばたく。
「アドニス! 貴女、アドニスなのね?」
ぎゅうっと絞め殺すほどに抱き占める。
「いたいいたいいたい。死んでしまう」
ツンと鼻筋の通った女が子供のように顔をしかめる。
「死んでしまうってことは生きてる事。よかったあ、あたしのお嫁さん♪」
「ちょっと!死んでもまだ殺したりないわけ?!」
アドニスは思わず肘鉄を喰らわす。
「むぎゅ」
そのリアクションでアドニスは気づいた。「ありゃま!」
あんぐりと口をあけ、自分のドジに気付き、しどろもどろに取り繕う。
サバサバ女を演じるギャップが可愛いと。キースは想う。
バサバサと黒いカラスのような生き物が飛び去った。
「なにか変なのが出てきたわ」
キースを放置してアドニスが追いかける。
「あの、安永富雄! 聞こえてる!」
追いついたキースと二人がかりで押さえつける。
「グワイイイ!!」
「ちょっと、黙ってて。ちょっとだけ我慢してちょうだい!!」
安永富雄そっくりな烏は身体を白熱させた。耐え切れず手放す。
「この空間がなんなのか分かんないのよ!! なによ、なになに?!」
「キース、聞いて!」
「えっ!!!」
アドニスは大きく後ろに跳躍した。背後で白い翼が舞い上がったかと思うと、彼女は天井に向かって跳んだ。大きく跳躍して、空を見下ろして、彼女の手は空中で止まった。そのまま仰ぎ見ると闇の向こう側で無数の小さな物体が光っていた。それは見ているだけで不安を覚えるのだが、
どうもこういうことに詳しくない人が見ると、その物体が何なのか分からないらしい。光の粒子や光の幕と称されるそれらは、地上で見る宇宙観では、あまりにもどうでもいいような、小さな宇宙で作り出された物体なのだ。だが、よくみると、それらの物体は人というか、何もかもが一つの空間を構成するもののようだった。
しかし、「キース? 話が違うわ」と言う声から彼女は、自分が「キース、話し間違えたわ」と言うような軽いノリで言っていると分かった。
「そうよ、あなた間違えてんじゃない」
アドニスは憤慨する。
「なんだって、そういうことを言うの」
キースが睨み返す。
「ええい! 分かりましたわ!! ええい!! キース、とにかく話し合ってみましょう。もう少し、私の話も聞いてくれるわよね」
アドニスは天井に何かをぶら下がっているのが見えた。
「ちょ、お願い、キース…!」
彼女はそう言いながら、腕を伸ばし、それを掴んだ。
そして、その物体を天井の方に振り飛ばした。
「うぬ…」
そこにいたのは、さっきまで自分たちがいた空間のような黒い物体。それは何かの機械と思われるモノだった。
「これ、なに?」
キースの問いかけに、
「見ての通り、これこそが宇宙を形成する、機械よ。いや、機械が生み出した、この空間自体が機械だ。ここの空間こそが…」
「じゃあ、この空は私たちの世界よ。そうね、この空間こそが、あなたが住んでいた宇宙空間だったりするわね」
「そう、ここは宇宙。それこそが、宇宙だ!」
そういいながら、その機械は空に向かって飛び上がった。
それから、アドニスの目の前をしばらく浮遊し、機械は彼女の近くに着地した。彼女は、その物体に目鼻を近づける。
目の前にいるのが、この機械だったなんて、知らなかった。それにこんな美しく、優しく、機械らしい…と言うより、ロボットやバイキンテリア、ロボットアート。などのイメージのあるその光景を見ると、彼と彼女は一体何なのだと言う疑問が生まれるのだった。
「あの、あの機械はなんなの?」
キースの疑念をアドニスなり解釈する。
「そうね、言うの忘れていたけど、彼が造ったもの。この空間が造ったものは、彼が生み出したモノを、彼が造ったもの…と言った方が良いのかしら」
「あの機械は?」
「あれは、あの機械が造物主であると換言してもいいわよ」
「でも、なんで、彼が? もしかしてキースに会えたことも…?」
「そうである」
機械はアドニスに顔を向け、肯定した。
「そうね、彼に会えたなら、私は凄い事なんだと思うわよ、なんてったって、彼と一緒に宇宙を感じられるなんて!」
「なにそれ?」、天使であるキースに広大な宇宙という概念は理解しがたい。
「ええ、あの機械は『機械化天使人類(テラア)」と言った方が良いと私は思うわ。それは私を造った神の概念を語ってあげた時、彼が感じている宇宙じゃ天界と比べ物にならないくらい大きなものだと感じたんだもの。まあ、でも、私は彼と出会えたのも、彼が造った『機械』も、旧来の宇宙観が終わった今ナーロッパ教団の新しい宇宙観と出会えることになって、彼に本当に感謝したのよ、ここにこれたのもキースのおかげ。本当にありがとう」
「そんな、感謝されるような事だったんだ…」
「まあ、輪廻転生の世界なんて私に何の対価もないわ。でも、彼は私と出会えた事にものすごく感謝しているようだし、それだけで十分だよ…」
安永富雄機械が見守る世界でまったりとした時が過ぎゆく。
天界だの地獄だの善だの悪だの、些末事を超越した安らぎがある。
キースは自殺希望者を相手に頭を痛めていた。今にして思えば生死にこだわるなどなんと低俗で愚かな文化だろうと思う。
宇宙と一体化した存在の永続性に気づけば憂いから解放される。
これでいい。
いや、アドニスの瞳がさみし気だ。
そこへ機械の身体をした別の個体が飛んできて平和が破られた。
紫色の半球がこんなことを言った。
貴方たちは恵まれている。自分はヒ素型生命体に適した環境で生まれ育ったが、教団の慈悲でこのような姿に転生できた。それが屈辱に思える。
対して林崎秀美だった機械がこんなことを言う。私の国にも差別はあったが、こんな何もない宇宙で退屈な平和を永遠に感受するなんて耐えられない。日本に帰りたい。
すると、安田富雄機械が現状を明かした。
今のナーロッパ教団は天界との戦争に勝利し宇宙に版図を広げている。
そのうえで、半球が言う。
形ある身体を所持できなくはない身分を隠した方が良いだろう。事情で機械化できない個体もいる。
「これは、貴方の星にもよくある事よ。その点は貴方が一番よくしていると思うわ、その上で星から来た人間を差別するような事はしないわ、むしろ応援したいと思っているわ。それに、貴方の星では、子供を産みにくいし、女が嫌になったこともあったわ。それで貴方を気にしているのよ…」
半球は紫色のボディーを感情たっぷりに点滅させた。ひそかに人間の女の肉体を持った経験があるという。その結果はいわずもがなだ。
「そ、そうなんだ…」
沙耶が驚く。
「ロボットで子供が産めないとなって、貴女どう思う?」
その無神経な問いが一撃となった。
「いやだ」
メモリー空間が瓦解した。
「グワイイイ!!!」
安永富雄機械が稲妻で自分を捕縛している。バリバリと世界が明滅し漆黒に亀裂が生じた。
「キース、世界が崩壊するわ」
「アドニス、もう貴女を離さない!」
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