獄卒天使の夫婦愛

「最低男と呼んでくれていい。それでも妻と娘を助けたい」

「いうと思った」

沙希は平身低頭する堕天使に腹が立った。とはいえ秀美と沙耶に罪はない。そして謎は深まる。共犯はジョゼ以外にも、いや大掛かりな背後があるはずだ。

公文書偽造は閻魔省内部の協力無くして不可能。

そしてもっと不可解な点は地上討伐軍の派兵可能性だ。その時点で地上は滅ぼされナーロッパ教もへったくれもなくなる。直哉は想定外だったと狼狽えているが、輪廻転生の構造を脅かす大罪を冥府が見逃すはずはない。

ならばどうするか。

「いや、これ以上話しても無駄です。今ここで話していても、あなたには罪はない。

……私にはあなたが今何を思っているかなど、よく分かりません。それでも、あなたの気持ちは痛いほど目に浮かびます。

だからこれでやめにしましょう」

キースは沙希の姿で言った。

「しかし……」

「私だったらできます」と言うと直哉を見た。

「あなたは、私の娘を救いたい……いや、娘を救うべきだと思っているはずだ。だからこれは、本当の私の意志なのだから、企みは私が阻止する」

あろうことかキースはジョゼに協力を求めると言い出した。

「何を言っている。君は君の意思で私に戦いを申し出ているのだぞ」

「いいから」

キースは男の手を引いて翼を広げた。


雲海に浮かぶ摩天楼。天魔庁舎の回廊。突然死外来は閻魔省の能天使が受け付けているらしく受付から奥には進めない。死にたがっている極卒がいる、と本当の事を告げて受付嬢を困らせた。

「ほら、あなた、もっと死にそうな顔をして!」

キースがこっそり夫をつねった。

「いててて!」

「このように彼は痛みを訴えています」

前代未聞の訴えに受付嬢は「少々お待ちを」と半ベソで上司を呼びに行った。


ようやくジョゼが出てきた。「貴女たち、本当に結婚したらいいのに」

仲睦まじい映像解析作業を彼女は観ていたというのだ。

「水晶玉の予備、魔力が入りっぱなしだわよ」

ジョゼに指摘されてキースは顔を赤らめる。ポケットで水晶が光ってる。


とまれ、三人は教団のオリエンテーション施設に顕現した。頃合いを見計らって母子を人気のない河原へ連れ出す。

「沙耶の力で何とかすると言っているのよ」

ジョゼが説得を続ける。

「私の娘を救うにはそれが必要不可欠?だが、それではどうすればいいの。

天界がナーロッパ教徒を攻撃してくるならば戦う資格はない。教祖が返り討ちにしてくれるから。

……それに……貴方は沙耶ではなく沙耶の娘を救うために戦っているでしょ」

「お前は何を言っている?」

直哉はとても困惑している。

「いや、百聞は一見に如かずよ。貴方は沙耶の、お腹にいる子供たちを守りたい。あの姿は、直哉が望んでいるものなのよ」

沙耶を見るように頼まれた直哉は、数えきれない命の輝きを垣間見た。

キースは空恐ろしいくなった。

人類のエゴは、狂気は、どこまで踏み外せば気が済むのだろう。

護岸に輝くキューブはすべて記憶の貯水槽。忘却河川を逆用した施設だ。そして、記憶を載せるの生産を誘拐されてきた子供たちが担っている。は無かった。いや、形で成された。

「あたし、無理」

キースは護岸の陰で喘鳴した。


「……そんなに娘が望んでいるなら、その娘を救う。だが君は沙耶の娘なのか」

直哉はまばゆい銀河に呼びかける。

沙耶の娘を見る。ハローを背負った沙耶の姿、彼女は今どのような心境なのだろう。彼は沙耶の様子を見るために永遠を生き続ける事になるのだろうか。それとも、娘と決別する事を決心するのだろうか。

彼が決別しようとしているのは沙耶ではなく、沙耶の娘。

沙耶の意志を汲み取り、沙耶の意志を尊重したのだ。

沙耶の考えている事はこの様だ。

「違う」

沙耶はきっぱりと否定した。

「おかあさん、こわい。わたし、いやだ」

沙耶の口から言葉が出た時、秀美の体の中に魔力が流れるように流れ込む。

体を包み込むようにパワーは広がり始める。沙耶が望んだ本当の未来が体の中に広がっていく感覚。

魔が込められたその力は、沙耶の意志を汲む力もあるのだろう。しかし、秀美の体は魔力を吸収し尽くすように思え……。

そして、流れるように体の中から魔力の流れが追い出されていった。

「俺は……」

直哉は言葉が出ない。どんどん事態が勝手に進む。自己決定権を何者かに完全掌握されている。「おいっ、沙希、早く逃げ…」

叫ぶ間もなく拘束された。そして満を持して登場したのは――。

「フィーナ?!」

キースの両脇をカラシニコフが支える。見渡す限りの銃、銃、銃武装。

黒岩美佐子が佐多アンになり、歩きながら黒岩美佐子に戻る。

クルっと振り向いて佐多アン。

「あっ…」

キースは声をあげた。

「この力をくれたのはナーロッパ教団。輪廻転生の改良に賭ける意気込みは本物よ」

フィーナはジョゼに微笑む。「ご協力ありがとう。最後の一匹を炙り出せた」

ジョゼは憤る。「よくもだましてくれましたね!囮捜査だというから」

けらけらとフィーナは笑い飛ばす。

「貴女も貴女だけどキースもキースだわ。貴女たちねぇ!アドニスのウブを笑えないわよ」

「最初っから軍を陽動する作戦だったんですか? 最低!」

ジョゼは尖耳の先端まで朱に染めている。

「あたしも閻魔省に騙されてた。だけどレーテーの水質汚染を看過できなくなったの。輪廻転生は邪念で徐々に冥川を穢す。だったらシステムそのものを見直さないと」

「よくもまあ、そんなことをおもいつくわね」

キースはあきれ果てた。天界が環境対策だ、などと。俗の極みだ。

「俺がジョゼに教えた。持続可能性エスディージーズと言う奴だ。つまらない男の話につきあってくれる。聞き上手ないい子だと思ってたが、とんだ結果になった。」

どさりと音がした。

沙耶が倒れたのだ、と分かった。続いてキースの首筋に注射針が刺さる。

彼女は倒れ、ピクリとも動かず突っ伏していた。




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