真っ赤なポルシェ2(再生)

チャカチャカ、チャカチャカと男女が倍速で飛び跳ねている。

「ストップ!」

鶴の一声で男女の踊りが凍り付く。それを傍観する第三者目線。干し草から針の一本を探そうと四つの眼球が血走っている。

白魚のような指が再生プレイバックボタンを押す。


突然死外来の眼球獣ビホルダーは死にたての亡者を鮮明に捉えていた。

「神も仏もあるもんか!」

そこでキースが夫に促す。「今の台詞を」

再生ボタンが三度押される。そこで彼女は言った。

「ここなのよ。栄一はちゃぁ~んと知っていたのよ」

彼女が夫をまじまじと見つめる。直哉は歯を鳴らして震えている。

「ね?♪」

優しく駄目押しすると直哉は泣き土下座した。「すまなかったあ!黙っててゴメン、でも俺じゃない」

彼は鼻水を啜りながら本当のことを暴露した。悪魔ルシフェルは神の逆鱗に触れた天使の聖名だ。だから、~エルという接尾語がつく。

直哉も獄卒に名を連ねていたが、どちらかといえば彼は天に近い存在だった。

無限地獄というが地獄は有限だ。いちいち微罪で裁いていたら地上は無人になってしまう。そこで地上の刑法に準じた基準で恩赦対象を審査する。直哉はその任務についていた。

「地獄庁の職員が噛んでいたとは…ね。でも、下手人は君じゃない…と?」

泣き腫らした顔でこくこくと頷く。

「…ああ、あの女が刎首男スレイマンを手配した」

その証言を確かめるべく、キースはコマをすすめた。


「神も仏も無いとはどのように?」

「どうするもこうするも、いきなりズバッと真っ二つよ!」

輪切りにされた男がいうには、満員電車から降り立った瞬間にホームが目の高さの位置にあったという。当然、一も二も無く即死だ。


そこでキースは閻魔帳を繰る。アクセス権限はもうないがキャッシュがある。

運転手に事故の咎はなくスレイマンの出動申請もない。彼らは歴史が進化と流血を欲する時に必要悪として呼ばれる。惨事が制度を変える契機になるのだ。

「安永栄一の惨死は必然ではなかった。ただ天寿を全うと書いてある」

キースは確かめるようにプレイバックボタンを押す。


「ここは天国です。貴方に非はありません。寿命を全うされたのです」

在りし日のアドニスにキースは思わず目頭を押さえる。

「いいえ。貴女、寿命じゃなかったのよ…」

そう、閻魔帳は改竄されていたか、記載に無い死因が執行された。



「荼毘に付された肉体に拘ってどうするの。貴方はとっくに死んでるのよ」

「うるせえ! つべこべ言わず、俺を娑婆に返してくれ!」

栄一は聞く耳を持たない。


「地上の警察が検死解剖する前に遺体を始末する必要があった?」

キースに念押しされて直哉は知らん、という。

「だが、あの女なら躊躇しないだろう」

「…そう。追撃天使のボスって容赦ないのね」

キースは飽きれつつ動画を回す。


「仕方ないわね。ジョゼ、抜魂刀を持ってきて」

アドニスは細身の剣を男の背筋に沿わせた。

「おい! なにす…うわ! …めろ!!」

すうっと刃先を滑らせると栄一は雲散霧消した。彼のいた場所にワイヤーがいくつも揺れている。それらも虚空に溶けてしまった。

「やっちゃいましたね…」

ジョゼが感心したように目を丸くしている。


その場面で直哉は激昂した。「このクソアマ!裏切りやがった!!」

「主犯は彼女でいい?」

キースは念押しする。

「もともとは、こんな大掛かりな話じゃなかった。天使として罰を受け、人間として限りある命を終えて、レーテーに還りたかった。それだけだ」

直哉はジョゼの約束を吐露した。人生に疲れた天使はごまんといる。永遠の命もまた囚人の足枷になるのだ。


「それを制御するのがナーロッパ教団?」

「そういう手はずだった」

直哉の証言を吟味すべく、キースは再生ボタンを押し続けた。


「しかたがないわ。それに本人の望みだし」

幽子還元リブートってあっさりしたもんなんですね。私、初めてみました」

「内勤の子には刺激的だったかもね。追撃天使の特権。緊急かつ自傷他害の恐れがあるときは認められているわ。あのままじゃ彼は妻子に憑く」

「安永さんは本当に生き返るんですか?」

「まさか。安永家の直系か分家の何代目かに転生するでしょ。肉体は灰になってるんだもの」

ふんふんと聞き入っていたジョゼはあからさまにこう言った。

「追撃天使ってドライなんですね」

アドニスの尖耳がぴくっと動いた。しかし、表情を変えず反論した。

「そうよ。いちいち気にしてちゃ関係に絡めとられてしまうもの」



「…そういうことだったの。異世界って異次元ではなく『新しい社会』というニュアンスだったのね」


キースはようやく腑に落ちた。肉体の再生さえ、仕組みとして約束されていれば、前世記憶の保存・再インストールなど地上の科学でどうにでもなる。

そして彼女は盗撮して来たばかりの教団施設を投影した。

箱のような建物の列。

「教団は逆世川沿岸に大規模なバックアップサーバーを建設していた。その資金はありもしない最終戦争を煽って信者から巻き上げたものよ。ハルマゲドンを助かりたいがために私財を投げ打つ人は星の数より多い」

「しかも指定席が確約されるならな」

直哉はいう。天使の座を棄ててでも買いたい。

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