教団本部
蔦葛市逆世川。上流には白い画一的なデザインの立方体の建物が等間隔で並んでいる。8列9行、合計72の宿舎と4つの管理棟。
中央に逆世川を挟んで向かい合っている。その尋常でないたたずまいは非日常をどこかから張り付けたようだ。
右岸の一番大きな建造物の前に6両編成が停車している。人の群れがぞろぞろ吐き出される。その中に林崎親子がいた。
「ここが事務棟になっているそうですね。お願いします」
年配女性に秀美はおじぎした。
「ありがとうございます」
そう言って、事務棟を見上げる。
建物はなだらかな丘にある。
高さは40メートル前後、広さは50mぐらいで、300人ほど収容できるであろう。建物だけでなく、屋根付きの庭園も備えている。
中庭に、小さなステージがあり、歌や、お芝居の演目会もあるそうだ。
広場の右手に、受付がある。
そこで、お金を支払うと、事務員の格好をした女性が、お茶と食事を運んでくる。
食事のときには、お湯を沸かし、水を汲む。
「失礼します」
事務員が書類を持ってきた。
この建物は、小さな広場に備え付けられている。人の数も10人ほどだ。
その広場の左に、お金を渡す椅子がある。
事務員は、その椅子に座り、対面の椅子に座る。
「どうぞ、お聞きになりますか?」
事務員が、声をかけてきた。
彼女は、20代後半の青年だ。
「はい、あの・・・」
少し考えるが、彼女の考えていることは読めない。
「はい、ここですか」
事務員が話始める。
「事務は専門的な事は私では判断できません。ですので、ご要望を承りました。もし、お尋ねしたい事がございましたら、声をかけて下さい。それと・・・」
「いえ、それは構いません。それで、よろしければ、この私からもお願いしたいのですが・・・」
秀美は思った。彼女は、私には分からない事を知っている。
「もちろんです。構いませんわ。私の方からも是非お尋ねしたいのですが・・・」
「本当ですか!」
思わず、「受付で聞いておけばよかったと!」思うが、もう遅い。
秀美は、その場から立ち上がり、娘をかばうように抱く。
受付事務の女性に「もう、ここまでで結構ですか?」とたずねた。
「はい、大丈夫です。ですが、お食事の支度が整ったようです。お話はその後でもして頂けましたら。・・・」
怯えた四つの瞳の意味を事務員は察した。
「では、またいらしてください。お願いします。」
事務員は、そう言うと、親子に背を向けたまま去って行った。
キースは、その背中に声をかけた。
「あの…。お伺いしたい事があるんですが・・・」
そう聞くと、事務員は言った。
「はい、なんでしょうか?」
その時、彼女は、フッと笑って、ある事を思い出した。
「あの時は・・・有難う」
そう言った彼女の声には、あの店で見た彼女の顔とは違い、心からの笑みが浮かんでいた。佐田アンは多額の寄付を認められ、それなりの地位を得た。
その後、彼女と食事をした後、キースは、切り出した。
「そうそう、聞きたい事があるのですが・・・」
「はい、なんでしょうか?」
「貴方って、もしかしてアイドルを目指してらっしゃるんですか?」
キースには心当たりがあった。独立心が旺盛ながら燻っているホステスがあぶく銭を手に入れたらどうなるか。何かを踏み台にしてのし上がろうとする。例えば男に貢いで骨抜きにしたところで事業を乗っ取るとか。
テンプレは舞台に力を入れていた。観客に教典代わりのラノベを売っている。
「え、その前に、あなたが聞きたいのは何ですか?あの女性の事ですよね?」
「そうですけど・・・?」
キースは質問内容を見透かされて戸惑った。思ったより安永綺羅に近い。
「それなら、今の私を誰だと思っているんですか?」
佐田アンがスマホの音声ファイルに合せて口パクする。
「あ・・・。」
キースの心臓が凍った。黒岩美佐子という名前を飲み込む。
「まさか、新刊をご存じない?」
スッと単行本が差し出される。
「はい、そうですけど・・。あ」
そう言い直すと、「まさか、お話しながら読むんですか?」と聞かれた。
キースはただならぬ雰囲気を察し、慌てて読みかけた本を閉じた。
「どこへ行かれるんですか?」
佐田が追いかける。
「すみません。そう言う本は読めません」
「そうなんですか。すいません、私のファンは男性なので。女子はあまり読まないんです。でもラノベは初心者向けですから。これなんて、面白いんですよ!だから、読んでみて下さい!」
彼女があまりにしつこいのでキースは仮初の身体を解いた。
カラシニコフを持った男たちに佐田が口角泡を飛している。河原にただ風が吹いていた。
朱色の扉ごしに言い争いが聞こえる。
幹部すら容易に出入りできない、奥の間だ。
男は背を向けて歩き出した。
「ちょっとあんた、話が聞こえないってどういうことよ!」
「………」
「さっきからわかってるじゃない?」
問い詰められて男は振り返る。
「だから、そこの娘は誰だ」
一糸まとわぬ、とまではいかないが狭い布で腰と胸を覆った天使が寝ている。
『ああ、その子は…』
水晶玉の向こう側で女が言いよどみ、佐田アンも興味深々だ。
「私、私。私にも教えなさいよ。私を誰だと思っているのよ!」
『…君は神だ』
男は言った。
「そんなんだから、悪魔に取り込まれるわけよ。あんた地獄のお偉いさんにも何も言われないのよ」
佐田は明らかに男を軽蔑している。
『そういうことだ。君たち、君たち。天使なら天使の考え次第でどうにかなるのだが…』
きらびやかな祭壇の照り返しを受けて男のくまどりが深まる。
「あのね!?あんた人間なら人間の考えすらできないことやってるでしょ。天使を馬鹿にするんじゃないわよ」
佐田が激昂する。
『…君はもしかして…』
男は疑うことを恐れない。
「あんたさ、もうあいつを黙らなさいよ。どうしたら信じてくれるの?」
佐田は水晶玉に映っている女をなじった。じっと見守っている。
『君が本当に信じるものを君自身で作ればいいのだ。…さあ、早く準備なさい』
男は儀式の為にあつらえた祭壇へ佐田を招く。
「いい加減にしなさいよ。この間みたいに私を脅かしてやるんだから」
引き摺られるように香炉の前に立った。
『…君を悪魔との約束通りに人間として認めることを望むとしよう』
「だからそんなこと認められないって言ってるでしょ。あんたさ私の知ってる悪魔と何が違うのよそれ。あなたは悪魔に取り憑いてるだけでしょ」
男は抗議を無視して香を吸った。そして佐田に吹きかける。
『君は君の信じる天使に何をさせようとしているのか?』
そのとき、ふと彼女の瞳の色が変わった。
『悪魔の言葉を思い出せ』
言われた通りにする、と言う。
『……私は人間より強い。私の心の中に強き者はいる。…信じる心がないなら信じる心を見せてやる』
男が法衣の鈴をジャラジャラ鳴らした。
彼女の目の色が真っ赤に変わった。
『お前は私が人間であることに気づかなかったみたいだが…私は人間だ。だから他の者に見向きもされない』
すると佐田アンの背中が破れた。鵞鳥のような翼がドレスを貫いていく。身に着けていたものはすべて床に積もり、見事な翼が末広がりになる。やがてそれは根こそぎ腐れ黒いシミとなって空間に吸収された。どさり、と女が転がる。
『堕落したわね…』
水晶玉の女は「してやったり」とほくそ笑む。
「天国の扉をこじあける鍵は昔から転がっていた。僕が最初に気づいた」
百点満点を取った小学生のように男はふるまう。
『悪魔と葛藤して、負けてしまうほど弱いんだもの』
女は床に転がる天使たちを見下ろす。
「そう、そこがセキュリティーホールなんです。天使は悪魔の囁きに負ける」
『天の門戸を射ようとせん者はまず天使から射よ。ところでもう一匹は?』
どうするのかといえば決まっている。放っておいても直哉は妻子を奪還する。
「楽しみに待ちましょう。おかあさん」
フィーナはうなづいた。
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