音声ファイル
「栄一さんは殺されたのよ。仇を取りたいんでしょ?」
安永沙希は婚約者の林崎直哉を促した。「犯人は自殺しただろ」、と直哉。
新聞には久保田早紀の派手な私生活が暴かれている。建設会社外部取締役安永栄一はいきつけのバー従業員久保田早紀と客・ホステスの関係を超えた間柄になり、多額の保険金をかけて殺された。
「いいえ。犯人は別にいるわ」
「警察に任せよう。それに確実な証拠がない」、直哉は消極的だ。
「じゃあ、あなたはここでじっとしてて。勝手に動いちゃだめよ」
「おい、待て」
彼女はその言葉に見送られてポルシェのキーを回した。
「私は別に彼に会って、お金をせしめるようなことをされても構わなかったんだよ」
それは、彼女にとっては言わずと知れた復讐だった。
「それなら、お前には何もしなくてもいいと思ったんだ」
「どうして?」
「あんな女を殺したら、自分の首は簡単に刎ねられただろ。だから、何の見返りもありません、ってやつを見せたかったんだよ」
彼の言うことはもっともだ。自分なら自分で首を刎ねることはできる。
「でも、その方が一番早く、お金も渡せるからやりやすい」
「お前、自分の立場を分かっていたんだな」、直哉は呆れた。「じゃあ、お前は俺を殺そうとする可能性は考えてなかったのか」
「あたしとしては、当然、考えているさ、なんとか」
「だが、俺のことは殺さなかっただろう。お前に付いている連中も結局は俺のことを何も知らないから、そのお友達を利用させてもらった」
「作っては壊す娑婆の暮らしに馴染むうちに何が何だか分からなくなった?」
「だから、今の俺はやりたいことが何もないんだ」
「それならそう言いなよ」
「俺は誰にも文句は言えないんだ。今は誰にも話してはいけない。それだけで、お前は満足なのか?」
直哉が煽って吸い殻の本数が増えていくだけだ。
「不満なら言いなよ、俺の言うこと聞いてくれなくていいから」
「じゃあ、やってみる。お前の命を差し出すって言うなら、それはただ、お前のことを何も知らないって言う、それだけのことさ」
「それで、話が上手くいくとは思えないけど」、と彼は言い、話を切った。
「それで、何か良い方法はないか」、と言うと佐田はうなずき、何か考えるようだった。
直哉がカランとグラスに新しい氷を入れた。そしてワインの封を切る。
「俺の女を可愛がってやってくれ。仲良くな」
そういうと、直哉は誰にも気づかれないよう勝手口から出た。
入れ替わりにパタパタとスカートがはためく音かした。
どん、どん、ぶわさぁっ、と紙幣が札束に覆いかぶさる。
「一千五百と三十三万。まだ足りなければ貴女の残高を増やしてあげる」
「ちょっと、貴女ねぇ!」
沙希は佐多アンのスマホをひったくり口座開設アプリをインストールした。五稜住吉USO銀行の普通預金口座を証券会社のそれと連携する。そしてあっという間に残高を百万円上積みした。アンが目を丸くする。
「これだけあればお店を持てるわよね?」
ぐいぐい迫るとアンもさすがに食指が動く。その指でスワイプした。音声のアイコンが並んでいる。
「…途中からだけどね。命を預けるどうこう聞いちゃって、ヤバいと思って」
沙希は画面をチロと一瞥し「ありがとう」とスマホをさげた。そして店を出た。閻魔帳に齟齬はない。沙希は何食わぬ顔でマンションに戻ると直哉はいびきをかいていた。リビングのパソコンからWEB章秋にアクセスする、入力フォームの表題は「自殺じゃない」
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