異世界転生は在りや
「安永綺羅の落ち着きっぷりが気になるわ」
紗希はジレット・キースに経過報告した。安永栄一は建設会社の社外取締役だが談合の嫌疑がかかっている。
「『親父は異世界に逃亡した。大丈夫だ。また逢える』と富雄が説得した?」
紗希はその可能性を否定した。
「希死念慮者の残党が教団指導部による復讐を恐れている。そう仰いましたよね?それは矛盾してます。異世界転生否定派の信者を懲罰しにくる、という懸念は間接的に『異世界転生』の肯定につながる」
狂信者の教義は矛盾だらけよ、とキースは一つの可能性を示唆した。
「こう考えらえないかしら?『お父さんが教祖を説得してくれる。大丈夫だ。母さん』と富雄がなだめた」
だから異世界なんて厄介な思想は
「もう一つ気がかりな点が」
隣家の家庭不和だ。夫の酒乱が原因の一つに挙げられる。
「他所の家の主人が死んだ程度で妻子ある男が浴びるほど吞むかしら?」
紗希はまず両家の人間関係を疑った。仲が良いほど喧嘩するという。逆に言えば安永家と隣家はうわべだけの付き合いだった可能性が高い。本当は双方、妬みや恨みつらみを我慢していたのではないか。安永栄一というストッパーの死で両家のうっぷんが爆発した、と考えるのが優秀な刑事だ。だから、これに当てはめれば、安永家の人間関係を指摘し、未亡人と隣家の亭主が付き合うという点を論証するのが難しい。
「貴女、男づきあいが浅いのね」
キースは急に大人の女ぶった。
「どうせあたしは初心な乙女ですよ。それと深酒の関係は?」
「ほんと、もう少し勉強しなさいな。お嬢さん」
キースは怪訝(けげん)そうに主張した。紗希は心配だ。
「男が悔し涙に暮れる時は勝敗が絡んでる。隣家の亭主は栄一の仇をとりたい」
「彼は栄一の他殺を疑ってる? 例えば身内…長男の関与を?」
「犯人の特定に至ってないと思う。だから息子のほうから先手を打ったの。ちゃんと分断を伝えたうえで『お母さんの布教と仇はお互いの家の問題だ。夫婦の問題だ。離婚しても何も問題は無い。二人の問題さ。それにあなたは妻子持ちだし、僕もあなたに『栄一の仇』と思われてない方が気が楽だ』って」
キースはそれ以上心配そうでは無く、淡々と報告した。
「……………」
紗希はロケットを開いた。同性婚約者のアリスが微笑む。肩書に元がつく。
「私、お嫁さんがいなくなって『仇』を取ろうと暴れまくった。三つ組織を潰した。あの子が臥せったのは社会病理のせいだと思い詰めた。だから旦那さんの気持ちも分からなくないかな」
紗希はロケットをスカートの内ポケットにしまった。
「長男の関与か、宿業か」
「でも、閻魔帳には『寿命』って書いてあるのよね?」
「お嬢さん、このままではどちらを選ぶ?」キースが紗希に言った。
考えても仕方がない。今は教団を止めることに専念することにしよう。
翌日、紗希は外見年齢をうんっと下げた。クルーネックの体操着に短パン、赤いランドセルを背負って隣家を尋ねた。林崎沙耶の同級生として。
「転校生のさっちゃん。遊んでいいでしょ?」
長女が押し切る形で強引にあがりこむ。そして茶菓子の席で経緯を聞いた。
推理と現場はだいぶ違う。
もっとも、それも無理からぬ話。
彼らは一つの物事を諦めた。
安永家には香典や弔電。林崎家には富雄からの「お焼香はいらない」
富雄自身には「離婚には口出さないで」という言葉は受け入れられなかった。ただ、家同士を合わせることは可能だった。
紗希は少し考えてみる。
安永富雄は本当にそこまでのことを考えていたのだろうか。彼の思想が大きく歪む可能性を示していた。彼は大逆風に傾く。今までの安永家の行いが、逆に彼の考えに同調し歪む可能性があっただろう、と。彼を信用すれば彼が家に寄り添うと思いこそ可能だったはずだが、それも違う気がした。それ以上の歪む現実が見えてこない。
安永富雄はもしかすると怨恨で罪を犯したわけではないのだろうか。
それならば、安永栄一の殺害を隠していたのか。
やはり、何かがおかしい。
彼は彼の心を知っていたのか。
隣の妻はその歪みのままだったのだろうか。
何が真実の為になる。紗希が知ったことではないが、彼が自分を裏切ったかもしれなかった。
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