行動経済学と誰得支配
「行動経済学という分野を諸君は知っているか?」
サヴォナローラは前提として手短に解説した。人間は必ずしも理性的な行動をしない、という観点から始まる学問だ。
良質で安価な商品を買い求める。従来に経済学では当たり前とされていたが爆買いや大人買いや限定商品に大枚を叩く現象を説明できない。
「全体主義という体制は行動経済学に反するのだよ。旧ソ連圏の計画経済が失敗した良い例だ。国家が日常生活の理想像を示しファッションの流行まで指導した。結果はどうなったかな」
すると澪がすかさず反論した。
「感情論の問題だと思います、先生」
「ほう」、とサヴォナローラは短く感嘆し答弁を続けさせた。澪が言うにはお仕着せが生産性のコストカッターとなった反面、消費者の選択を狭め、競争力を失わせたというのなら西側諸国における大量消費行動と矛盾するというのだ。
「情熱が足らなかったのです。官民関係ありません。消費者の感情を購買意欲に結びつける努力不足の結果です」
澪らしくなかなか手厳しい。
「わかった。感情で国民を制御できるというのね。だったら無慈悲で公正な審判者が必要だわ」
「機械に任せるべきです」、と羽田。
サヴォナローラがそれに答えた。
「このシステムをコンピューターによって実現しようというなら、当然、政治力も必要だ。この国は民主主義が進んでいるといっても、その根幹が政治であるのは疑いようのない事なのだ。コンピューターに一挙手一投足まで握らせて個人の自由がなくなる。国民は独裁者に主権を献上する覚悟はあるかしらん」
なぜなら独裁国家は独裁者に権力を握られているのだから。
「クリーンというより純粋な政治が実現するでしょう。AIは汚職や金権政治とは無縁です」
何が問題なのか、と羽田は言った。
「いやいや、再分配に政治力を必要とする時点でいろいろおかしい」
サヴォナローラはあえてAI指導者を創るなら仕様の設計からして既に間違っているというのだ。
澪が言う「人間の感情と行動は別である」という分離論に則って、機械が消費者心理をAI目線でリプログラミングするまではいい。
そこから適正化された煽動を行うにせよ人間の行動心理は完全に掌握できない。
あえてAI指導者の真逆を行きたい欲求が不公平感を生む。
さらに、彼の考えを改めるには、不平等がなくならない限り、政治は不平等のまま続けると約束する必要がある。
これは不平等は全ての政治システムには適用されないという不合理であると分かりながらも、そうだと言い張るつもりだ。
不平等の発生原因や原因が分かっても、その後の政治の構造そのものが理解されないと言われれば、不平等は存在しない事になるのだから。
そして不平等は不平等のままであり続け、しかもその影響で経済は衰退を免れないのだ。
サヴォナローラは要するに「AI指導者に嘘をつかせる実装が必要なのだよ。国民を裏切る必要悪を仕様に盛り込めなんて誰得?」
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