ピザと悪魔のパラドックス

考えるより先に手が出た。乾いた破裂音がした後はざわめきどよめきと、楓の号泣が鼓膜を突き破って内耳に渦巻いていた。

「おいおい、いきなりかよ」

貴女あんたなかなか剛毅やるじゃん」


猛者ぞろいの女子部員たちがもろ手を挙げて歓迎する。

「え、え、ちょっと」

そして会長が腕を絡ませてきた。

「気に入った。お前みたいな骨のある女が欲しかったんだよ。1回生かい?光学研うちにこない?」

いきなり持ち上げられて澪は戸惑う。

「賛成」「いいじゃん」「異議なし」

澪はなし崩し的に光学研のメンバーに加わった。

「ちょっと、貴女たち!」

サヴォナローラ先生は眉を吊り上げた。そしてしりもちをついたまま泣きじゃくる楓のスカートを整え、奥を隠してやった。

こうして白熱大学の才女対決は第二ラウンドのゴング、鳴響となった。


不平等の監視と公平分配の浸透を徹底するためには強権的な警察機構が不可欠になる。時に暴力装置も必要だ。

    そこまでは簡単に実現できる。

しかし、この制度は「あらゆる国家において絶対的に優先されるべき事項」にはならない。


◇ ◇ ◇


事の発端は澪の推察通り、たった一枚のマルゲリータピザだった。

白熱大学に名菜多しと言われるが第七食堂のピザは抜群だと誰もが讃える。

福江港に陸揚げされるパルミジャーノチーズを地元特産のオリーブオイルが引き立てて癖になる香りを演出する。そのためすぐに売り切れる。この日は別棟でセミナーがありサヴォナローラ先生たちの退出に合わせて特別に提供されたのだが、自由平等を謳う白熱大学の校風に購入制限などなく、かろうじてサヴォナローラ一行が人数分のピザにありつけた次第だ。


そこに撮影を終えた光学研がなだれ込んできた。そしてサヴォナローラの後ろから怒鳴りつけた。「腹をすかせた学生を差し置いて学者先生がたはのうのうとお食事会ですか」


噛みついた女学生に教授は大人の女の対応をした。

「そこまでいうのなら譲ってあげるわ。ごめんなさいね。みなさん、美味しいイタリアンにご案内しましょう」

サヴォナローラは学外で食事しようと同僚たちに呼びかけた。

これを当てつけと受け取ったらしく別の部員が食って掛かった。


「それでいいんですか?! それでよく先生が務まりますね!!」

立腹したのは脚本家の羽田絢子だ。気まぐれで荒い監督兼会長に合せて現場で執筆している。その彼女がいうには一時間後に自分のセミナーが控えているのに空腹で務まるのか。これは、授業料を自己負担している苦学生に対する裏切り行為であるというのだ。

誰かの都合で他の誰かが理不尽な不利益を被る。

そこから議論が白熱していった。


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