カントの恒久平和へ
転落事故は澪にとって未必の故意でありいわば自業自得と言えた。何故なら今にして思えば最後に吞んだ女友達の部屋で夜明けの海を見たいと提案したからだ。勿論、相手は「澪ちゃん、千鳥足じゃない」と制止したが振り切って一人で飛び出した。この時点で澪の落水から溺死に至る経路は有効な確率振幅の範囲で予約されている。
端的に言えば「薄情」である。ここで楓の事象感情等価原理仮説が破綻するのであるが、それでは澪の命を結果的に救った――換言すれば落下運動後に澪の体重(46キログラム重)を受け止めた因子は何であろうか。
「澪ちゃん!かっこよかった」
背中から紗綾が抱き着いてきた。不意打ちは澪の意識を中断し入り組んだ思考を解決の地点へ着陸させた。
「ちょちょちょ、貴女ねぇ!」
澪が紗綾を振り払おうとして閃いた。
エモーションである。感情は変化しない。
あの時、紗綾は福江港方面とは別方向に運動していた。アプリの不具合で無人タクシーを拾い損ねて途方に暮れていた。そこに澪の不規則な進路が交差し「どうしても行きたいのね?じゃあ、心配だからわたしがついて行ってあげる」と合意した。紗綾にとって澪との邂逅は不随意運動である。しかし彼女を澪に同伴させた磁力はどこから来た。
「つれないなあ。命の恩人に」
不貞腐れる紗綾。「助けたからって恩着せがましくしないで。そりゃ感謝してるけど」
暫く一人でいたいと澪は願った。もうすぐ正解の糸口が見える。
すると紗綾が「わあああ」と泣き出した。
キュッと胸が痛む。咄嗟に紗綾を抱きしめ慰める。
「ごめんね。ちょっと解けかかってる問題があって…」
紗綾はしゃくりあげつつ言った。「流れよわがなみだ」
はっ、と澪は息を吞む。エモーションは行動に連絡し他者を説得する。
そして、感情変化に直接的な影響はない。
「もしかして…あたしのこと…すき?」
ウサギのように赤らんだ眼で天井を仰ぐ紗綾。
「ね?何か飲んで落ち着こう。あたし奢る」
どうにか学食のボックス席に座らせカモミールティーを買いに行く。
するとサヴォナローラがひと悶着を起こしていた。
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