福江港の事件

朝焼けがすぐさま眩しい陽光に変わった。波止場の奥に見える青屋根は漁師の小屋だ。狭い海峡から大洋に向けて尾根を風が駆け降りる。扇状台地に拓けた福江の港町は大鯖のシーズンを迎えている。遠洋漁船を横目に護岸から糸を投げる人々がいる。澪は火照った体を冷やすため海を見に来た。肌を焼く紫外線が憎たらしい。楓を泣かしたあと祝い酒の名目で誘われるまま街へ出た。男から女、女から女へ転がるように身をまかせ気づいたら制服が薄いワンピに替わっていた。二日酔いが見せる黄色い太陽に気を取られて水に落ちた。

「澪ちゃん!」

とぷん、と飛沫があがりボーダー柄の生地が波にもまれる。強引に腕を掴まれ息苦しさから解放された。尖った前髪の隙間からたわわな胸が見えた。深紅のビキニブラ。

紗綾さあや!」

必死にしがみつくと逆にぎゅっとしてくれた。ぽたぽたと彼女の顔面から水滴が垂れる。

「泣いてるの?」

腫れた目じりから直感した。

「当り前でしょ。あたし独りじゃ生きていけない」

神室紗綾かむろさあやはゼミの仲間だが顔見知り以上友達未満の関係だ。距離を縮めた記憶はない。

「私のために泣いてくれるの?どうして」

怪訝そうな澪に紗綾は更なる涙を流した。

「どうしてって…わからないの? わあああ」

ただただ泣きじゃくるばかり。澪は状況を説明できない。

どうして、どうして涙をながすの。

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