サヴォナローラ教授
「サヴォナローラ先生」
一時間後、プリーツスカートが象牙の塔に揺れていた。カツカツと乾いた靴音が周回する。狭い螺旋階段の先に担当教授の城がある。サヴォナローラ・ハイツは研究の手を休めギリアム茶の瑞々しい香に心をそよがせていた。
白熱大学は福江港を望む丘にある。春から夏にかけて咲き乱れる野生のギリアムは潮風に花弁をはらませ琥珀色の実をつける。それを発酵させると雑念を洗浄するハーブティーになる。月曜日から込み入った数式を因数分解する作業にかかりっきりだ。金曜日のティーブレイクは懸案事項を整理整頓するチャンスだ。清んだ心で複雑怪奇な数理モデルを俯瞰していたところへ闖入者が現れた。
「御茶会は面会謝絶って言ったわよね」
精神統一を妨げられ教授は憤慨した。
「学びし者、混迷と思索の沼に自沈せし時は櫂を求めよ…」
スカートの裾が右足付け根までまくれ息も絶え絶えの姿で呪文を唱えられた。
しょうがないわね、と教授はカップを脇に置いた。
「汝、いかなる命題に至りせば難船しまし」
紫の瞳に宿る光は探求の深淵を照らしている。海は雄大でどんな難題も溶解し生きるという根源的な主題に還元する。環境に抗う力の具象化が生命だ、とサヴォナローラは教えている。
キッと横一文字の唇が動いた。
「流れよわが涙」
そういうのが精一杯だった。
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