第4話 仲の良い女子二人(淀川紬)



(こんなところいれん……)


 その後惣太は学習棟にあるESS部の部室に向かっていた。


 あの後鞠華は去り、いるのは西山先輩だけになったのだが、話題が由紀のことばかりで、居心地が悪く逃げ出したのだ。


 ESS部。つまりEnglish Speaking Society、英会話を楽しむ部活である。


 惣太は由紀に並ぶために文武両道、学業にも運動にも打ち込んだ結果、バドミントン部と、ESS部の兼部になったのである。


「あ、そうただ」

「よぉつむぎ


 英語の歌詞カードや英語の漫画本、欧州の玩具などが雑多に詰め込まれたカラフルな部室に行くと、同学年の淀川紬がお弁当の後片付けをしているところだった。


 淀川紬、いつも眠そうな顔をしている髪をセミロングに伸ばしている美少女である。


「そうた、今日はどうしたの?」

「あ、いや、バド部の部室で飯食おうと思ったんだけど色々あってさ。逃げ出してきた」

「バド部、メンツ濃いもんね。そうたも大変だね」

「そうなんだよ、あそこの奴ら皆自己主張激しくてさー」


 紬は、鞠華と同じく惣太の数少ない会話の間が気にならない少女の一人だ。


 ようやく一息付けたと朝からの緊張から解放され部室備え付けのポットでお茶を入れ一口飲む。するとその質問は寄こされた。


「で、そういえばそうた、そうたのクラスに凄い美少女が来たと聞いた」

「ブッ……!」

「大丈夫?」


 お茶を派手に噴き出した惣太に紬はきょとんと首を傾げた。


「大丈夫大丈夫。あぁ、そうだね、凄い綺麗な子が来たね……。それが……?」


 そそくさとタオルでお茶をふき取り事態打開を図る惣太。


「そうたはその子と仲が良いと聞いた」

「へ、へぇ~~」


 そこまで他クラスにも情報が出回っているとは。恐るべしである。


「しかも今朝は一緒に登校したって聞いた」


 しかもそんなことまで知られているとは……。恐ろしい。流石は同学年。何とか床のお茶を拭き終わった惣太は緊張を紛らわせるためにお茶を口に含んだ。


「好きなの?」

「ブッ!!」


 再び口に含んだアツアツのお茶が毒霧に変わった。何てタイミングで爆弾を放り込みやがる。


「好きなわけねーだろ!!!」


 むかっ腹に来て言い返すと「そう」とすげなく返された。


 この低テンションの少女とはいまいち会話のキャッチボールが上手く行かないことがある。


 それを気にしていないところがこの少女の良いところではあるのだが……。


 まるで独り相撲をしているかのような会話に業を煮やしていると、ガチャリとドアが開きユルフワウェーブの髪をした美人がやって来た。

 

 やって来たのは惣太が次の止まり木に定めた松崎優菜さんである。


「松﨑さんじゃないですか! お疲れ様です!」


 その姿を捉えた瞬間、心がトンとはねる。憧れの人の登場にあっという間に心に花が咲き誇る。


 松﨑優菜は、先日Limeライムでやり取りしていた三年生随一の美貌をもつ、ESS部の部長さんなのだ!


「あれ、今日は深見くんもいるのね。こんにちは深見君」

「こんにちわです先輩! 今日はなんとなくここで休憩してるんです! 先輩はいつもここなんですか?」

「ううん。今日はちょっと用事があって。明日の部活のための資料がここにあるのよ」


 言って優菜さんは部室の机の引き出しをガサゴソとしだしていた。


「手伝いましょうか?」

「ううん、大丈夫、もう見つかったから。じゃ、深見くんも淀川さんもまた明日。今度の課題は激ムズだから覚悟しててよ~」


 先輩はぐっと力むような仕草をしたあと、一冊の本を携えて軽やかに去って行った。

 ガチャン、とドアが閉まった。


「相変わらず、凄いおっぱい」

「おっぱいとか言うんじゃねーよ!!」


 確かにグッとした時強調されたけども!


「転入生とどっちが大きい?」

「せ、先輩だろうな、絶対に……」


 義妹由紀の胸は松﨑先輩ほどではない。


 普段目にする由紀の服の膨らみを思い出し、惣太は断言するのだった。




 予鈴が鳴り教室に戻ると先程の喧騒は嘘のように消えていた。


「マジで偶然会っただけらしいな」と友人が言うあたり、由紀が上手い事帳尻を合わせたようだ。


 グッジョブと言いたいところだが、由紀がまいた種である。


 由紀はクラスのギャルたちとつるんでいた。


 惣太が恐怖を感じて距離を置いていた一味と「え~~、まじ~~」「うん、マジマジ」とかいって普通に会話出来ている由紀に感心する。やはり住む世界が違うのだ。


『上手くごまかしておいたから』


 と、思っていると由紀からメッセージが届く。


 見ると、人の目を盗んでこちらにパチンとウインクをしてくる。


『バレるぞ』

『バレないって』


 由紀は器用にスマホをいじりメッセージを送ってくる。画面上部に降りて来た文章を一瞬で読み取り超速で返信しているらしい。


『ていうかよくバレずに文字打てるな』

『これは特殊技能だから。昨日体得した』


 女子との会話を並走させながらやり取りを成立させる由紀の器用さに恐怖すら覚える。


 そうこうしているうちに時は流れ放課後になり、相変わらずギャルとつるんでいる由紀はクラスのイケメンたちに今日遊んでいかないかと誘われていた。「遊び行こうよ~」とかなんとか言われている。


 そして、この誘いを止める手立ては惣太に無い。


 しからば去るしかなく惣太が何とも言えない不安感を抱きながら帰路へ着こうとしていると、何やら不穏な会話が教室の奥から聞こえてきたのだった。


「じゃぁさ、一人誘っても良い?」

「え、良いけど。だれ?」


 嫌な予感に全身が総毛立ってくる。


 まさか、まさかだよな……。


 最悪の予想に身構える惣太。そこにその言葉は飛び込んできた。


「うん、深見くんっていうんだけど……」


「「「ええええええええ!!?!!」」」


 まさかの指名に周囲の生徒は絶叫していた。


(ええ……)


 一方で案の定の指名に惣太は閉口していた。


 正直、これまでの経緯から予想はついていたが、このイケメンギャル集団に惣太をブレンドしようとする由紀の案にはドン引きしかない。


 でもなぜ、と思っているとその疑問は惣太だけのものではなかったようで、皆が泡を食って由紀に質問していた。


「え、なんで深見?!」 「そうだよ、他にももっとマシなの一杯いるじゃん!」と皆が口々に言っている。


「え、だめなの? 良いじゃん深見君で。深見くんも来てくれるよね?」


 話を振られて周囲の視線が一斉に惣太に向く。同時にその隙を見て由紀が超速で文字を打ち、惣太のスマホが震える。


 震えたスマホの画面にはこう書かれていた。


『助けて。お願い』

「…………」


 そう言われてしまえば次の行動は決まっていた。

 

 家族である以上、義妹に頼まれたら、断るに断れないのだ。


「い、良いけど……」

「ええええええええ」


 惣太の遠慮がちな同意に、クラスは阿鼻叫喚になっていた。


 こうして惣太はイケメンたちの放課後の遊びに参加することになったのだ。


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