第5話 美女で男は道を誤る。



【前書き】

 キャラが複数出て来るので、女キャラは猪鹿蝶、男キャラは松竹梅で統一してます。

 宜しくお願いします。なお覚える必要はありません。





 普段つるまない連中との同伴は、居心地が悪いことこの上ない。


 気まずい!!


 周囲の生徒からビシバシと敵意の視線が撃ち込まれる惣太は渋面を作っていた。


 惣太をこの場に誘った張本人である由紀は団体の前の方で「え~ホントに何も無いの~~?」「ないよ~! ホントに馬が合うだけだって~~!!」とギャルたちの質問攻めにあっていて、惣太は放置されているのだ。


 周囲の男子たちからは圧が出っぱなしだ。


 かまって! こっちにかまって!!


 息苦しい思いをしている惣太はこの場に導いたのにも関わらず相手にしない由紀の背中に念を送る。


 だが願い届かず由紀の背中はピクリともせずこの恩知らず者めと惣太が恨めしく思っていると、自然と信号待ちで男女が混ざりあった。それにより自然と男子たちの会話は由紀へ流れる。これで


「ところで深見って? 部活は?」

「バ、バドミントン部……」

「ふ~ん」

「……」

「……」


 なんて不毛な会話もおしまいだ。


「ていうか、中川さんって清心の時も帰りはよく遊んでたの?」

「いや、そうでもなかったよ。あそこは校則厳しかったからね」

「そうなんだ、じゃぁいつも帰りは直帰?」

「だね、そうじゃなかったら部活かな?」

「なるほどな~、じゃぁ、放課後街歩きデビューだよね」

「そう、デビューだね」

「ハハ、そうか! なら放課後の道草は俺たちに任せな? 新宿なんて庭だから、庭!」

「そうなの?」

「あぁ、この前なんてさぁ!」


 由紀に興味深げに尋ねられ、竹田は手を広げ得意げに語り出す。


 その饒舌に語る竹田にリーダーであるイケメン、松橋は「ハハハハ……」と眉を下げ、「でも良一この前ヤーさんに絡まれてビビってたじゃんよ」と口の悪い男、梅森は茶々を入れていた。


 それにさらに「うるせえよ! あの時はっ」と赤面しながら被せる竹田。


 彼は醜態が明かされ恥ずかしがっているようだが、その淀みない一連の会話は完全に職人の技の域で、惣太は図らずも感心してしまった。

 

 ここまで無難に会話を回せるようになるまでに数多の努力があったに違いない。

 イケメンたちはイケメンたちで苦労しているのである。


◆◆◆


 惣太達が訪れたのは都心のボウリング場だった。


 平日の昼間だというのに賑わっているそこは多くの人が巨大な飴玉のようなボールを熱心にレーンに投げ込んでいる。


 ピンがまとめて薙ぎ払われ、ガラスが割れるような大音声が辺りに響く。


 惣太のレーンは元クラス一の美女である猪上(ギャル)と、周りの変化に目ざとい少女、蝶谷香恋に加えて、梅森(男)で、隣のレーンは由紀に松橋、竹田に加え、鹿田(ギャル)になった。男4女4で別れた結果そうなったのだ。

 

 男子の騒ぎようは相変わらずだ。


「行っくぜ~~~!!」


「そうやって気合入れても結局ガーターだろ~~!!」


 上機嫌に竹田がボールを持つと、梅森が身を乗り出しヤジを飛ばし、クールキャラなのか、松橋は盛り上がる男子たちに「おいおい」と着いて行けない、といった風な笑みをこぼしている。


 盛り上げ役の男子は3人しかいないのに、大した盛り上がりである。


 惣太のレーンの梅森などは「中川さん頑張ってー!!」とか「おい! 中川さんの前で恥ずかしいプレーすんなよーー!!」「って俺?! もう俺の番!? 分かったよしやってやるわ! おい良一見とけよ〜〜!!」ととにかく声がでかい。


 その様子は由紀の居るレーンに行きたいと言わんばかりで、「いや~露骨~」「ハハハ、まぁ中川さん可愛いし仕方ないんじゃない?」と猪上と蝶谷は顔を見合わせ苦笑していた。


 確かに、これは露骨かも、とその狂騒に怖々としていると、蝶谷が興味ありげに惣太を見た。


「ふふ、でもあんな人気の中川さんと仲が良いなんて凄いね深見君は?」

「い、いや、そうでもないよ……」

「いやそうでもあるって! ねぇ陽子?」

「だね。ま、深見っちも由紀のレーン行きたいかもしれないけど、我慢してね。代わりに私たちが手厚く相手してあげっから」

「い、いや、俺はどっちでも良いけど……、ていうか深見っちって……」

「ふふー、良いでしょ? 意外と可愛い顔してるから深見っち。ダメ?」

「だ、ダメじゃないけど……」


 ギャルギャルした格好をしているので本能的に避けていた猪上が笑うと存外可愛くて、そのギャップにやられそうになる。


 だけどその瞬間、ゾワッと由紀から怒気が発散し、惣太は慄いた。


 ニコニコと男子たちの話を聞いているが、確実に切れている。


 その証拠に自分の番が来て立ち上がった由紀は「チョットホンキ、ダシチャオッカナー?」とニコニコと、だが極めて平坦な口調で言い球を取り、本気で投擲しピンをまとめて薙ぎ払っていた。不機嫌であることは明らかだ。

 

 竹田も、ガッシャーン!! とド派手な音を立ててピンを倒す様に「ど、どした、由紀ちゃん……」とおろおろとしていた。


「ウウン? チョットネー、ホンキミセテオコウトオモッテネー」


 しかし彼の気遣いも歯牙にもかけず、由紀は怒ったままだった。


 女心と秋の空とはよく言ったものである。


 そのようなトラブルがあったものの、すぐに由紀が不穏なオーラを引っ込めたこともあり、遊びは無難に進んでいく。


「おーーい!! 秀調子悪いんかーー!! 由紀ちゃんの前で緊張してんのかーー?!」

 

 竹田は手をメガホンのようにしヤジを飛ばし


「ばっか、してねーわ。中川さん、次どうぞ」


 松橋はクールに否定し由紀に先を促し、


「おいおいおーい!! 中川さんだけ特別扱いかよー!!」


 と、梅森は茶々を入れる。


「ありがと、松橋くん」

「いえいえ」


 由紀はにこやかな笑みを作りアプローチへ向かっていた。


「いや~にしても由紀ちゃんボウリングも上手とか半端ねーな」

「あぁ、しかも可愛いし。いや~すげぇよ。これはアイドルよ」


 男子たちは由紀がグループにいて非常にご機嫌だった。


「頑張れー!! 中川さーーん!!」


 それもあって、彼らの声はどんどん大きくなっていった。


 由紀という美少女を引き連れているので、気が大きくなっているのだ。


「おいおい!! 良いのかそれでーー!!」などと、自分の強さを主張するように声のボリュームは上がり続ける。

 

 そして、それにより機嫌を悪くしているのが由紀のレーンのさらに隣の、ボールリターンを挟んでいる大学生たちだった。


「チッ、なんだよ」とか「マジうっせー」とかぶつくさと言っているのが聞こえて来る。

 

 それほど彼らの声はうるさいのだ。彼らの気持ちも当然である。


 不穏な空気の漂う状況に、由紀とちらりと目があった。


 由紀も同じことを考えているらしい。


 これは非常にマズい状況である。

 竹田たちは由紀しか視界に入っていないのだから。


 と、思っていると、由紀しか見えていない竹田はさらに盛り上げるために、「見ててくれよ。俺今からカーブ投げるから、よ!!」と得意げにボールを手に取り、ボールの穴に指を入れず何やら胸に抱きこむような格好でボールを投擲したのだった。


 それがきっかけだった。


 いつも以上に回転をかけようとしたのだろうか、身体を斜めにしアプローチに入った彼が気合一発で放った投擲は大きく方向性を誤り、ガーターになるどころか、あろうことか隣のレーンに侵入しピンをなぎ倒していったのだ。


(…………)


(いやいやいやいや)


 余りにもド派手な迷惑行為に、惣太達と大学生たちがシンと静まり返った。


 最終的には足も滑らして無様に転倒していた竹田も焦りに焦り、「やべー……」と半笑い、で引き揚げて来る。


 だがそんな悪びれない態度が許されるわけもなかった。


「君たちさ、さっきからなんなの?」


 先ほどから怒りを募らせていた大学生たちは口火を切った。


『さっきからなんなの?』


 その言葉に彼らの言いたいこと全てが込められていた。

 

「………………」


 大学生の叱責にその場にいた男子も女子も凍り付いていた。


 女子も男子もこの盛り上がりに冷や水かけられると思っていなかったのだ。誰も何も言えない。言うべき言葉を見つけられない。


「あ、あの……!」


 だがさっとそこに割って入ったのが惣太だった。喉のつかえを取り払い注目を集めると


「す、すいませんでした……!」


 さっと頭を下げた。


「迷惑かけてすいませんでした……。転入生の歓迎会で盛り上がっちゃって……」


 トラブルメーカーの由紀の義兄。


 他人に謝りに謝り続けて来たのが惣太の人生だった。


 フォローに次ぐフォロー、いつもこういう男子が盛り上がる際は、事件が起きないか、気を配るのが惣太のこれまでであった。だから惣太はこんなトラブル、慣れっこなのだ。


 惣太が頭を下げたことでさらに静けさを増す惣太一帯。

 

 何も動かない状況に「本当に、すいませんでした……」と付け入る隙がないように、さらに深々と頭を下げると、


「はぁ~ったく。お前じゃないんだけどさ、俺が言ってんのは。でも、何か冷めたわ……」

「俺もだわ」

「今後は注意しろよな、クソガキッズ」

 

 とぞろぞろと大学生たちが引き揚げていく。


「ったく」「行こうぜ」「あ~冷めた冷めた」


 大学生たちが去ると、少しして張り詰めていた糸が切れ、誰かがふぅーっと大きく息を吐いた。


 緊張が途切れると、外敵が去った後の干潟の生き物のように男子たちがちょろちょろと小声で話し始める。


「(いやーやばいっしょ)」

「(切れすぎっしょ……)」

「(マジ何なんだよあいつら冷めるわ~)」


 小声で、だが強い口調で言い合う竹田と梅森。それに、切れすぎっしょ、と控えめに同意する松橋。


 それにより共通認識を固めた彼らは小声でゲラゲラと笑い合い、今の出来事を矮小化していく。


「(いやまじでなんなの?! 切れすぎっしょ?)」

「(な、まじまじ!!)

「(マジ空気読めてないわ~~。冷めるわ~~。空気読めてないのあっちだわ~~)」

「(いや~~色々溜まってんだろうなぁ~)」


 だが、その肯定感を高める行為は相手の大学生に聞かれていたのだった。


 そのボウリングの帰り道のことだった。


 冷や水を浴びせられ冷めに冷めた会場。


 その場をなんとか空回りしつつも掻き回し盛り上げ切った惣太たちグループが会場を後にしようとすると先ほどの大学生たちが待ち構えていたのだ。


「待っていたよ」


 白い顔をしている大学生たちは言う。


「お前たち、なんなの?」



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