第6話 手を出したら負け
「お前たち、なんなの?」
大学生の冷たい問いかけに男子たちは頭の芯が痺れて答えられないでいた。
怯え、混乱し、何も言えない。
「……なんなの?」
そんな竹田たちを男はゆらりと覆いかぶさるように覗き込んだ。
瞳孔が開き切った瞳が竹田を至近でとらえ、竹田の顔に男の影が落ちる。
「な、ん、な、のっ?」
「な、な……ッ」
彼らから放たれる圧に、竹田は溺れそうになっていた。
だが――
「うん?」
「な、な、なんで……」
惣太にならい彼は動く。
酸素を求めて彼は喘ぐ。
「なんで……」
がくがく震える声。
「何で……ッ、俺たちに……ッ、構うんですか……ッ?」
「……!」
だが出てきたのは、被害と加害が逆転した言葉だった。
まるで、勇気を振り絞り悪に立ち向かうような物言いだった。
それが男たちの怒りに火をつけた。
「何でってお前たちがうぜぇからだろ!! ボケがよぉ!!!! なめてんじゃねーーぞ!!!!」
激昂した男が握った拳を振り下ろしてくる。
だがそれを、バシッと止めたのが惣太だった。
拳を受け止められた男が目を剥く。
しかし惣太からすれば慣れ親しんだことだった。
なぜなら惣太は由紀の義兄なのだから。
由紀は図抜けた美貌を持つ。
だから出会った当初からトラブルは絶えなかったのだ。
小学生の頃など、喧嘩があれば容易に手が出る。その当時から由紀と行動を共にしていた惣太は妙に喧嘩慣れしているのだ。
別に喧嘩は強くないわけだが、由紀に隣に立つことを夢見た惣太はとにかくトラブル耐性が高いのだ。
「お前ッ!」
拳を受け止められた男が発狂し目を剥く。
だが離すわけにはいかなかった。
拳を受け止めた手の平が、ジンジンと痛むが、気にしている場合ではなかった。
「確かに会場での立ち振舞いはこちらが糞だった……! それに……! 反省してない姿はさらに糞だった……! だけど……!」
緊張で胃の中身が出て来そうだった。
「手を出したらお前が負けだぞ……?」
拳を止めた状態で睨むと、悔しそうに男がウッと言葉に詰まった。
時を同じくして騒ぎを聞きつけて大人たちが駆け寄って来る。
それでおしまいだった。
「チッ、何なんだよ! 悪いのはお前らだろ!! クソガキがよぉ!!!」
観衆が集まって来て男たちは唇を噛み悔しそうに去って行く。
代わりに「君大丈夫かい?」「警察呼ぶかい?」と惣太たちを大人たちが心配する。
「だ、大丈夫です……」
「そうかい、何かあったら言うんだよ?」
集まっていた大人たちが引けると、憔悴しきった竹田たちが残された。
ベンチに崩れ落ち、虚空を見つめる彼らは意気消沈しているようだった。
だが、今回のようなことを二度と起こさないためにも、言ってやらないとならない。
「お前ら、周り見えてなさすぎ……」
あまりのことに、自然とため息が零れた。
「ちょっとはしっかりしろ……」
「……」
強く言っても彼らは何も言い返さなかった。
よほど今回のことがショックのようだ。
そのしょぼくれた様に、追及したことを悪く思わないこともないが、それから少しして、惣太は一人その場を後にしたのだった。
……あーあ〜。
だがその数分後、惣太は駅のホームで後悔に暮れていた。
気まずくなって帰ってしまったが、帰るべきではなかった、と後悔しているのだ。
あの後何かあったら自分では責任を取りようがないではないか、と。
なんで自分はこうなんだ! と、自分の早まった判断に後悔に駆られる。すると――
「お待たせ!」
そこに息を弾ませて由紀が現れた。惣太と由紀は待ち合わせていたのである。
由紀の無事に安堵の息が漏れる。
「由紀! 無事で良かった! アイツらは?!」
「皆も無事帰ったよ!」
「ふぅ〜〜〜良かったぁ〜〜〜!!」
彼らの無事な帰宅に惣太は駅の椅子に身を預け天を仰いだ。
「安心した?」
「そりゃ安心したよ!! 気分悪くて帰ったけど、あの後何かあったら寝覚め悪いし!」
気まずくなってさっさと帰ってしまったが、その結果さらに延焼したとなれば後味が悪いにも程がある。だが無事帰ったとなれば話が別だ。
「ていうかお前さぁ! さっきのメッセージってつまりそういうこと?!」
「ハハハ、バレた?」
惣太が威勢よく問い止めると、由紀はにへら顔で頭をかいた。
それに「お前さぁ~~~~~~~!!!」と呆れると「悪い悪い!」と由紀は頭を下げた。
「いつから分かってたんだよ!?」
「いつからって、誘われた時だよ! あ、やばいかもって。だから今日は絶対に惣太に一緒にいて欲しかったんだよ」
「だからあのメッセージってわけか?!」
「そ、そう……。だからホントありがとね惣太。私も抑制させようとしたんだけど全然だったし、惣太いなかったらどうなってたことか。一時はどうなるかと思ったよ」
「あれは俺もビビったよ……。あんなん小学校以来だろ……」
「だね、小学校の時色々助けてもらったの思い出しちゃった……!」
驚きは由紀も同じなのか、由紀も手を合わせ顔を紅潮させていた。
第六感で雲行きの怪しさを悟った由紀が惣太にヘルプを出し、それに惣太が応対した。
それが今回の一件なのだ。
ふぅ~っと落ち着くためにも惣太が胸に手を当て息を吐くと、由紀が惣太の手を心配そうに見ていた。
「ところで手、大丈夫?」
「大丈夫、特に痛くない」
「はあ~~、良かった~~~~~!!!」
すると今度は由紀が胸に手を当て大きく息をついた。
それはまるで受験に落ちたとか受かったとか、そんなオーバーなリアクションで、「大げさだな」と思わず笑うと、「大げさじゃないよ! だって惣太のことだもん!」と怒られてしまった。
「いやほんとにありがとね。惣太いなかったらどうなっていた事か。ホント助かったよ」
由紀は本当に恩を感じているらしく、改めて礼を言っていた。
しかし家族である由紀にこんなことでいちいち礼など言われたくはない。
惣太が「礼なんていいよ」と言うと「いやいやいるよ」と、由紀は譲らなかった。
「いや要らないよ」
「いるって!」
「要らないって!」
そのまま礼の必要性で言い合う惣太と由紀。
たった今仲が良かったのを忘れたかのようにやかましく言い合う。
いるって! いらないって! と、どっちも一歩も引かない。
「要らないって! だってッ」
そのあまりに不毛な議論を終わらせるべく惣太は勢い良く口を開いた。
だが言おうとした言葉があまりにこっぱずかしくて、言葉に詰まった。
しかしここまで来た以上、もう、言うしかなかった。
「だって……、『家族』、だろ……?」
『家族』、その言葉は二人の間で優しく響いた。
言われた由紀は小さく息を飲んでいた。
『家族』。それは再婚で出来た家族を長く続ける二人にとって特別な意味があるのだ。
血の繋がらない家族である惣太と由紀は、『家族』であるようにこれまで努力してきた関係でもあるのだ。
だから家族という言葉はあらゆる感情が重なる交差点でもあるのだ。
『家族』、その一言でこれまでのあらゆるトラブルが走馬灯のように回想される。
それに優しい気持ちになった由紀は「まぁ、そうなんだけどさ……」と前置きして言う。
「でも、ありがとね、惣太。とても嬉しかった」
「そ、そう……」
「うん、こんなに温かい気持ちになったの久しぶり。惣太、やっぱりカッコいいんだね?」
「な、何言ってんだお前……」
なんてとんでもない戯言を抜かすのだろう。
由紀の戯言で耳まで赤くしそっぽを向くと、由紀は柔和な笑みを浮かべた。
「じゃ早く帰ろっか? 遅くなると弘子さんたち心配するし」
見ると駅のホームの時計は午後六時を指している。
確かにこのままではいつもより遅い帰宅だ。
「……だな」
惣太は頷きながら席を立つ。
そうしながら脳裏にはたった今由紀が浮かべた笑みがあった。
眩しい、太陽のような笑みだった。
それを見れただけで、お釣りが出る……、そんな笑みだ。
……。
来て、良かったな……。
と、惣太が薄い笑みを浮かべてるとホームに電車がやってきた。
こうして由紀を伴う放課後ボウリングは幕を下ろしたのである。
「マジ可愛いぜあの子……」
「どこ高の制服だよあれ……?」
由紀にいざなわれ煌々と明かりを灯す車内に乗り込むと、居合わせた帰宅客は由紀の美貌に目を見合わせていた。
その美貌に、皆が目を瞠り、ゴクリを生唾を飲んでいる。
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