第7話 宣戦布告



 だが昨日の一件は、解決してはいオワリ、とは行かなかったのだ。


「おいアイツだよ」

「アイツ? あんまし強そうには見えないけど?」

 

 惣太が廊下を歩いていると、すれ違う男子たちが惣太を顎さし口を尖らせる。


 その視線に耐えかねそそくさと教室に戻ると、教室でも敵意ある視線に惣太は晒された。


 なんでなんだよーーーーーーーーーーーーーー!!!!


 非難の眼差しに惣太は嘆いた。


 俺良いことしたのになんでこんな目に遭わなきゃいけないんだよーーーーーーー!!!


 だがそれを口に出すわけにもいかず、耐える。


 何故、良い事をしたのにこんなにも辛い目に遭わないとならないのだろうと、惣太の疑問は尽きない。


 今更ながらなぜこのような事態になっているかというと、何を隠そう、昨日の一件が広まってしまったからだ。


 その中で大立ち回りを演じた惣太に注目が集まっているのだ。


 噂に上がった男子たちは今は大人しくしている。きっと話題が自分たちにアゲインストなので、様子を窺っているのであろう。


 一方で惣太が噂されてるのを知り、すこぶる上機嫌なのが由紀だった。


 何やら、深見惣太が昨日、いさかいを止めたらしい。


 その場に彼を導いたのは転入生である由紀であるらしい。


 しかも由紀と惣太は仲が良いらしい。


 それから導き出される「付き合ってんじゃないのか?」という二人の疑惑に由紀は大変満足なようで、「付き合ってるの?」と聞かれると「も~やだ~付き合ってないよ~~! やめてよ~~」と体をくねくねくねらせて、大変嬉しそうにそれを否定していた。


 何故家族なのに嬉しそうにしているのか? と問い詰めたいが、そんなことすれば諸々バレること請け合いなので惣太は「お前、マジか……」と色々な意味を込めた久志の言葉に黙って脂汗をかくしかないのだった。


 義妹であることを隠すことはかくも難しい。


 そんな殺伐とした教室で休み時間、「でも深見くんって、確かバド部とESS部兼部でしょ……? 確かその部の子と……」と女子の一人が不審そうに由紀に進言していた。


 後半はよく聞き取れなかったが、惣太に関連したことらしい。


「エ、ナニナニ、ソノハナシ、クワシクキカセテ?」と、惣太関連でよくある、癪に障った時の仮面の笑顔を貼り付けている。


 詳しい話の中身までは分からないが「フーーーン、ソウナンダー」と由紀は片言だ。


 一体何を話してるのだろうか……?


 何やら由紀、苛立っているけど……。



 このように朝から大注目だった惣太と由紀だが、昼食時でもそれは変わらなかった。


 クラス外から男子たちが顔を覗かせ由紀の美貌を見物していく一方で、惣太のことも「あいつ……?」と物珍しく見て行く。


 その状況に、なんでなんだよーー!! と相変わらず脳内で惣太は愚痴る。


 何でこんなことになってんだよーーー!! と。


 やはり欠片も納得できない。


 しかしそれを表現するわけにもいかず小っちゃくなって弁当を摘まむ。いまいちおかずの味がしない。


 しかも状況はみるみる悪化し、惣太の横を通った女子が由紀の弁当を見てぎょっとし、


「あれ? 今気づいたけど中川さんと深見くんのお弁当って中身一緒じゃない? 何それすっごいぐうぜ~~~ん!!!!」などと言うものだから、喉に食べ物が詰まって仕方がなかった。


「……」


 それにより友人たちが惣太に向ける視線はより一層冷ややかなものになり、食事は歯医者の咬合紙並に無味乾燥とした物になるのだった。




 そんなことがあれば、早々に帰るに決まっている。


 放課後になるや否や、惣太は素早く席を立った。


 だが何故か「あ、ちょっと」と由紀が着いて来た。


「(……お前、何でついてくんだよ?!)」


 まさかついてくるとは思わず人が途切れた辺りで小声で怒鳴ると、廊下をつったか歩く由紀は「(……良いじゃん!! ……家族なんだから!!)」と同じく小声で返した。


 ……家族って……!!


 ひとたび火が付けば破滅しかねない爆弾発言がひょいと出てきて冷汗をかく。


 しかし由紀はそんなことには構わず怒っていて、


「(……ていうかさ! 片想い以外に仲良い子いるなんて聞いてないよ!! なんで話してくれないの?!)」と意味不明な抗議をしてくる。


「(な、何の話だよ……)」

「(むぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~~~~~!!!!!!)」

 

 それについて行けず惣太が困り顔をすると由紀はますます顔をむくれさせた。

 

 そうなればさらに由紀は注目を集める。

 露骨に苛立つ由紀にすれ違う生徒はびっくりしていた。


 や、このままだと更に事態が悪化するのだけど……。

 

「あら、深見くんじゃない」


 と、惣太が警戒を募らせていると廊下を曲がった先の階段で優菜先輩とばったりと出くわした。


 同級生を伴って上の階に行く途中らしい。


「あ、先輩!」


 途端に惣太の顔に笑顔が咲き誇る。


 前方にいる美人と、隣にいる美人、学園でこんなにも恵まれたポジションはそうないだろう。


 その幸せな状況に思わず締まりのない顔をしていると、即座に「この人は?」と由紀から冷たい声が飛んだ。

 

 それはまるで灼熱の炎から、凍てつく氷河にといった豹変だ。


「ま、松﨑、先輩……。松﨑、優菜、先輩……」


 その声音の変化に、ヤ、ヤバ……、と惣太が泡を喰っていると、『優菜』、その一言で由紀はこの人が惣太にとってどういう存在か理解したらしい。


「あ~、あなたが松﨑優菜先輩ですかぁ」


 由紀は目を細めると猫なで声で語りだした。


「惣太から話は伺っています。初めまして、私、中川由紀といいます。知っていますか、私のこと」

「中川さん?! あ、噂の?! あぁ、道理で! 見たことない子だと思ったの!! 知ってる知ってるよ! 学校中で話題だもん!! 初めまして中川さん! 私、松﨑優菜っていうの! そこの深見君とはESS部で同じで」

「そこの先輩なんですよね? 知っています。大丈夫です、惣太から話は聞いているので。で、単刀直入に言いますが、先輩、」


 由紀はニッコリと笑みを浮かべたままだ。


「惣太から、離れて貰って良いですか?」


「え?!」


 まさかの攻撃に、優菜先輩は息を飲んでいた。


(……え゛?)


 同じく惣太もまさかの攻撃に言葉を失っていた。


 何言っちゃってんのこの子……。


「なになに、どういうこと?!」


 唯一、優菜先輩の隣の女子だけが活発にこの状況に反応していた。


 居たたまれない、地獄のような時が流れた。

 自分の義妹が迷惑かけてすいません、そう先輩に土下座したくなる。


 だけどそんなこと出来るわけもなく、惣太が喉を干上がらせ何も言えなくなっていると、優菜先輩がしどろもどろになりながら尋ねた。


「え、あ、あの~~、離れるも何も……、何も無いというか、何というかって感じなのだけど、い、色々噂聞いたのだけど、その、中川さんってその、本当にそういう関係なの? 深見君と」


 別に、恋人関係でも何でもない。あるのは家族という絆だけだ。


 しかし、それは明かせぬ由紀が「違います、が~~」とこめかみに血管を浮かせて言うと、優菜先輩は困った顔で言った。


「なら……良いんじゃない? 中川さん、私そういうの良くないと思う」


 ズガン! と由紀の上に金盥かなだらいが落ちてくるのが見えた気がした。


 耳が痛くなるような、非の打ちどころのない正論だ。


 彼女じゃないなら文句を言うな、というこれ以上ないんじゃないかという正論だ。


 その噛んでも引っ掻いても傷がつかないような金属製の正論に、どうなっちゃうの~~?! と惣太がアワアワしていると、義妹という関係を隠した上では説明が出来ないと踏んだ由紀は意を決し――


「確かに深見君とは恋仲ではありません、が……!!」


 怒りを蒸気のようにくゆらせて、マグマのように怒りをため込んで、眉間にたっぷり皺をよせ、この一撃で全てを終わらせる、そんな気合で言ったのだった。



「でも私は惣太の義妹なんです!!! だから、惣太から離れて下さい!!!」



 と。

 

 由紀の告白は廊下全体によく通った。


 空白。


 時に脳は許容しきれない事象が起きるとフリーズすることがある。

 脳が自衛のために停止し、その後事象を分割し、分かるサイズで再入力するのだ。

 それが起きた。


 最初、その言葉は脳に正しく入力されなかった。


 まるで由紀が別の言語を話したかのように聞こえたのだ。


 だがその言葉がやまびこのように反芻してきた。


 ギマイナンデスーギマイナンデスーギマイナンデスー


――』


 いつしか意味を帯びた。


 ゑ? 惣太の義妹? え、でもそれ言っちゃいけないことだろ?


 え、ていうことは…………? え、え……。


 惣太は理解した。


「ええええええええええええええええええええ?!?!」


 髪をかきむしり悲鳴をあげた。


「お前ええええええええええええええええええ!!! お前が言っちゃうんかぁぁぁぁーーーーーーーーーーーい!!!!! いつかバレるかもと思っていたけどお前が暴露するんかーーい!!!!」


 こんの馬鹿野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!


 信じられない展開に惣太が絶叫していると、「嘘でしょぉぉぉぉ~~~~~~~~??!!!!」と早くも優菜先輩の隣にいた女子が顔を真っ赤にし叫んでいた。


 鼻をすすり、目をキラキラ潤ませて叫ぶ姿は、まさにここに一つの奇跡の恋愛を見つけた、みたいな、女子特有の感激の反応である。


 惣太達の関係に色めき立ったのは彼女だけではない。


「え嘘嘘ホントに?!?! 中川さんホントにそうなの?!」「嘘でしょ!? そんなことホントにあり得るの?!?!?!」とその場に居合わせた女子たちも、奇跡の恋愛の発見に感銘を受けていた。


「嘘だろ!! 信じらんねぇ!!」


 一方で事実を聞いた男子が廊下を全速力で駆け出していた。


 その情報の伝播は止める暇もない。


 かくして惣太と由紀の秘密は明かされ、燎原の火のように一気に広まり始めたのだ。


 そのショッキングな情報は次々燃え移り大火となり、早くもドドドド、と津波のような喧騒が惣太めがけて押し寄せて来た。


 いやだぁーーーーーーー!!! 何でこうなるのぉーーーーー?!?!


 遠くから迫る喧騒を聞きながらまさかの自爆に惣太は脳内で涙を流していた。


 なんでお前がバラしちゃうんだよぉーーーーーー!!!!!


 たまらず惣太は由紀に言い寄った。


「ちょ、お前、なに言っちゃってんの?!」

「良いでしょ!!!! もうこんなの我慢できないもん!! もうばらさないなんてやってらんないもん!!!」

「やってられないもんって、でもさ!! ちょっとは俺のことも考えてよ!!」

「惣太のこと?! 考えてるよ!!! 頼まれなくてもずーーっと、ずぅーーーーーーっとね!! 惣太よりもずぅーーーっとだよ!! 何?! それに何か文句あるわけ?!」

「いやないけど?! てかそんなに考えてるの?!」

 

 まさかのカミングアウトに騒動の中で更に動揺する。


 ずぅーーっとも考えてるって相当じゃね?!

 

 好きなの?! 好きなの俺のこと?!


 ていうかそれにしたってもっと他にやり方色々あるよね?!


 と、恥ずかしさと動揺がブレンドされた状態でいると、「お前マジなのか!?」「マジなのか!? おい?!」と生徒が押し寄せ惣太はもみくちゃにされるのだった。


 ヤバいよ~~~~~~~~~!!!!


 男子たちにおしくらまんじゅうのようにされながら惣太は内心叫ぶ。


 これやばいってーーーーーーーーーー!!!!!




――――――


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