第9話 カクゴシテテネ
「きたぞおおお!! あいつだー!!」
朝休みが過ぎても大注目の状態は続いた。
やめてくれーーー!! と涙が流れそうである。
きっと惣太との関係を聞かれる由紀がそれはもう上機嫌に、「深見くんとは何ともないの?!」「う、うん、現状はね……」なんて思わぶりなことを言ったり「でも変な目で見てきて大変じゃない?」「あ、うん、それはあるね。この前だってめっちゃ胸見てきたし……!」などと言うのも拍車をかけているだと思う。
それに「お前変なこと言うんじゃねーよ!!」と抗議するも「でも見てたじゃん!!」と言われてしまうと、それ以上言い返せない。
『いやちっげーーよ!!! 紬に言われたから優菜さんとサイズ比べてただけなんだよ!!』とは、口が裂けても言えないのだ。
そのような破廉恥な噂が立った結果、男子たちが送る視線など嫉妬の塊のようなものなのだが、ここにそれに動じず話しかける男がいた。
親友の一人である江口真彦である。
「え、じゃぁさ、下着は?! 下着はどうしてんの?!」
彼はエロに興味津々であった。
これはこれで面倒なことこの上ない。
「別々に洗ってるに決まっているだろう……」
「別々!! じゃぁ干す時はどうなん?! やっぱ丸見えなん!?」
「あいつはあいつの部屋で干してるよ……。俺も俺の部屋だしさ……」
「へ〜!! やっぱそうなるんかぁ〜〜!! でも良いなぁ〜中川さんと同じ屋根の下だなんて〜」
「た、大変なことも沢山あるぞ……」
主にこの手の絡みとか絡みとか絡みとか。
だがそれを公言するわけにはいかず惣太は真彦との会話中に送られ続ける冷ややかな視線に身震いしていた。
教室から離れても酷い有様だった。
「見て見て、あの人よ……」
「あの冴えない感じの人?」
「そうそう、あの人」
「あいつ?」
「そ、あいつ」
「マジうぜ~~……」
廊下を歩けば嫉妬ややっかみの視線に晒され続ける。
しかしこれに、うるせぇぇぇーー!! とも、嫉妬してんじゃねぇよ!! とも言えず、心ない言葉を無抵抗に受けた惣太はESS部の部室に逃げ込むと、椅子に深く座り大きい息を吐き出した。
部室には紬が一人いた。
「つ、紬か……、お疲れ」
「お疲れ」
「ふぅ~~~」
「お疲れだね、ホントに」
「あ、あぁ……。紬は聞いたのか、俺の話……」
「聞いた」
「そうか……」
当り前だが由紀との関係は学年中には既に波及しているのだ。
と、いうことはそれを聞いて怒らない紬は惣太の味方に違いない。
「ハァ〜、紬だけだぜ。俺が落ち着けるのは」
ようやく辿り着いた心のオアシスに惣太はこれまでの思いの丈を吐き出した。
「マジきついわ……、ホント参ったもんだわ……。人の気も知れっての……」
惣太は道中で購入した缶ジュースをプシュリとあけた。
「何なんだよたかが義妹がいたって。何も変わんねーよ……。むしろ距離遠いよ……。なぁ紬? 紬もそう思うだろう?」
当り前だ。だってむしろ変に意識してよそよそしくなることだってあるのだから。
義妹だから仲が良いはずと早合点するのは想像力の欠如と言って良い。
と、思っていたのだが、
「紬?」
先ほどからなぜか紬からの返事がない。
それにだんだんと背後から霊が忍び寄る系のホラー映画のような緊張感が沸き起こってくる。
そしてそれがついに頂点に達しようという頃……
「……変態」
「紬ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
楽園崩壊。紬の情け容赦のない罵倒に惣太は悲鳴を上げた。
低体温なそのけなしは、ナイフのように必要最低限、だが人を殺すには十分な殺意を孕んでいた。
「紬、なぜ!」
「言い訳は聞きたくない」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ?!」
何そのパワハラ上司みたいなセリフ?! 紬らしくないよ!!
だけどこれ以上すがりつこうものなら、本気で刺されそうなので、モクモクと不満なオーラを充満させ続ける紬に、惣太はすごすごと退散したのだった。
だが……
「どうせ、ここにやってくると踏んでいました」
「な、なぜだ!!」
バド部の部室に行くと目を吊り上げる鞠華が惣太を待ち構えていた。
「紬さんに振られてここに逃げ込んできたんでしょう!! 先輩の心理なんて丸わかりです! よくも私に義妹がいること隠していてくれましたね!!」
「か、隠していたって……! 別に話す必要ないよ!!」
「そんなことないです!! わざと黙っていたに決まっています!! 道理でこんな可愛い私になびかないはずです……!」
「い、いやいや、そんなんじゃないって!! 俺中学時代からずっと由紀がいること隠してるんだって!! こうやって面倒なことにならないように!!」
「嘘です! 鞠華は信じません!! 絶対にわざと黙っていました!! ちなみに部長は先輩をいびるために特別メニューを作成中ですよ!! 覚悟しててくださいね!!」
え、えー……。
話が通じない鞠華も困ったものだが、職権乱用で過酷な練習メニューを作成する部長も困りものである。
その後も鞠華の怒りが収まることもなく、顔を剥くらせて烈火のごとく怒るので、鞠華の横で弁当を喰えるわけもなく、惣太はすごすごとバド部の部室を退散したのだった。
結局、昼飯は学習棟一階の物陰で食べることになった。悲しい。
「深見くん、何で黙ってたの?」
教室に戻るとクラス一のイケメンである松橋に話しかけられた。
その声音はとても硬質で、怒っていることなどは明らかだった。
口元には微笑みをたたえているが、目は欠片も笑っていない。
松橋は由紀との隠していた惣太のことを怒っているのだ。
事実、隠していた辺り惣太はこれまで不誠実な対応をして来たと言える。
それだけにミスが一切許されない、針に糸を通すかのような返答だということは明白だった。
皆が息を殺して動向を見守っている。
「い、いや……俺が家族だとバレると……、あいつに、迷惑かけるから……」
「へぇ~、それで黙ってたんだ」
「あ、あぁ、俺が頼んで、な……」
「フ~~~ン」
偽装もあるが、分かりやすいくらい怖気づいた惣太の返事は彼の神経を逆なでしなかった。
会話はそれきりで惣太は間一髪難を逃れた。
自席につくと、ふぅと小さく息をついた。
由紀が義妹だと知れて以降、誰が豹変するとも知れず息つく暇もない。
それから少しして、五限目と六限目の合間のことだ。
(なんだあいつら……)
「(あ、あそこです……!)」
「(あの目がキリッとした人?)」
「(はいそうです!)」
ふと視線を感じ顔を上げると、教室のドアの先に紬と鞠華の二人がいた。
「(実物はさらに凄い美人さんです……ッ!)」
「(うん、凄い美人……)」
彼女たちは教室を覗き込み興奮したように言い合っている。
察するに由紀の偵察だ。
だが、なぜ今更……。
由紀は転入してきて大分経っている。だというのに今更偵察に来た彼女たちの気が知れない。
何しているんだろうと不審に思っていると件の由紀が、苛立った様子で惣太の隣にやってきた。
「惣太、あの子達は?」
「部活の、知り合い」
「ふ〜〜〜ん」
なんとなく気まずくておずおずと言うと、Now Loading、そんな間が空き、少しすると、由紀は青筋を立てながらニッコリと笑みを浮かべた。
「惣太、私、今度部活見学しようと思うんだけど、ESS部とバド部も見学行くつもりだから……」
語尾は不安定に揺れ、ゴゴゴッとドス黒いオーラが放たれていた。
ポンと由紀の手が肩に置かれると、その爪がメリメリと食い込んできた。
「その時は、カクゴシテテネ……ッ」
「ーーッ!」
惣太はその鋭い痛みに目を見開いた。
「分かった……! 分かったから、離して……!」
溜まらず惣太は由紀を宥めて手を解くと、周囲は、おいマジかよ、とか、由紀本気?! とか由紀の反応に驚嘆していた。
だがそれに惣太は気がつく余裕もなく、怒気を放つ由紀に、覚悟って一体何する気なんだよ、と恐怖するのだった。
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