第10話 部活見学①



 と、いうわけで翌日、由紀はバド部の練習に訪れていた。


「惣太! 行こう!!」

「分かっているって……」


 六限目が終わるや否や由紀は勢いよく席を立ち、惣太を体育館へいざなった。


 由紀と連れだって廊下を歩くと、良いなぁ、とか、深見君凄いラッキーよね? とか、うぜー! とか、由紀との仲を羨む声が男女問わず聞こえて来る。


 だがそれは事態の表層のみをすくった薄っぺらい意見であり、重層まで知る惣太は違う。

 違うってーー!! 全然楽しくないんだってーー!! と心の中で否定していた。


 何故なら体育館に向かうブンブン手を回す由紀は妙に気合が入っていて「惣太と仲が良い子がいるんだから、挨拶行かないといけないね!」とか言っていて、それがやくざのあいさつ回りとかヤンキーの『夜露死苦』的なものを彷彿とさせるのだ。


 何が起きるのか、惣太はハラハラして気が気じゃないのだ。


 変なことしないよね? と惣太は気をもんでいた。


 ◆◆◆


 バド部の練習にいくと、皆が由紀に注目していた。


「(噂どおりだな……!)」

「(マジで可愛いじゃんよ……)」


 今校内を賑わせている美少女の登場に、バド部の男子たちは皆そわそわと浮足立っていた。


 部活開始の時間になり皆が集まると、緊張感を高める惣太は由紀を皆に紹介していた。


 こちら、義妹の由紀です、みたいな簡潔な奴だ。


「初めまして、中川さん、俺、部長の西山大毅。話すのは初めてだね」


 部長は早速手を伸ばして来た。


「はい、初めまして西山先輩、惣太からいつも話は伺っています。面倒見の良い先輩だって」

「そ、そんな面倒見良いだなんて……!」


 由紀と握手した先輩は顔を赤くしへへっと鼻の下をかいた。

 褒められたのがよほど嬉しいらしい。


 惣太とは今まであーでこーでと早口に何やら語り始める。


「で、ところで」


 だが喜ぶ先輩を歯牙にもかけず由紀はニッコリと微笑み部員の方に目を向け言った。


「惣太とミックスダブルスのパートナーはどの子かな??」

「え……?」


 唐突な問いに、頭が真っ白になった。

 なぜわざわざここで、鞠華に言及するのだろう


 だが惣太が疑問を呈する前に、「私です」と鞠華が果敢に手を上げていた。


「あ、あ〜〜、あなたが」

「はい、一年の高梨鞠華といいます。惣太先輩の後輩に当たります」

「へ~~、コーーーーーハイ?」


 コォォウゥハイ、と声が上に下に乱高下する。


「後輩さんなのに惣太のダブルスのパートナーなんだね?」

「はい、ありがたいことにさせて貰っています」

「ふーーーん、そ! じゃ、鞠華さん? 宜しくね。私、惣太のの由紀っていうから! 惣太のことなら知ってるから何でも聞いてね?」

「…………」


 義妹であること、惣太のことを知り尽くしていることをこれでもかと強調する由紀。


 その口調はあまりに強く、なんでそんな言い方するの……? と惣太は冷や汗をかくが、鞠華は動じていなかった。


「ありがとうございます。『』、『』、『』『由紀さん』」

「…………」


 ズバチッと火花が散るのが見えた気がした。


「……やるっての?」

「ビビってるんですか?」


 な、なぜ早くも喧嘩をしているんだ……?


 メンチを切り合う二人に、惣太は慌て、バド部の生徒全員はえええええ……、と息を飲んでいた。


 まさかこんなやり取りが生まれると思っていなかったのだ。


「ま、まぁ、いつまでも突っ立ていても仕方ないし、練習始めよっか? 少しは出来るんだっけ?」


 だがそれを部長が収め、練習は始まった。



 それから練習は無難に進んでいる。


「いいぞいいぞ!!」


 3面張ったコートの一番隅で由紀と西山先輩が楽しそうに打ち合っている。


 見学ということもあり部長である西山先輩が由紀の相手をすることになったのだ。


 そこに必然性があるかは甚だ疑問だが、部長が相手をすることに皆文句は言っていない。


 由紀も由紀で、中学時代は運動部の助っ人に引っ張りだこだったくらい運動神経が良いので、先輩と問題なく打ち合えている。


「行くよー!」

「はい!」


 とか言って、パシーンパシーンと器用に打ち合っている。

 

 だが、由紀と先輩が打ち合う、それは微笑ましい光景でも何でもなく、むしろ胸が締め付けられる光景だった。

 

 二人とも顔がとても整っていて、打ち合う姿は、このまま、付き合おうか? と言われれば、はい! と言ってしまうんじゃないだろうかと言うほどお似合いなのだ。


 漫画のワンシーンのように完成された姿なのだ。


 それを心和やかに見守れるものなどいようか? いやいない。誰もが心ここにあらずといった感じになるのである。


 だから惣太が他の部員たちと一緒に落ち着きなく二人を見ると、ふとしたタイミングで先輩と目があった。


 数瞬の視線の交錯。


 だが先輩の瞳は何も語らず惣太が憮然としていると、余裕たっぷりの笑みをたたえて先輩はパンと手を叩き、「じゃぁ集合!!」と部員を集め言った。


「今日は中川さんもいるし、特別メニューをしようと思う!」


 何を始める気だ、と惣太はいぶかしんだ。


◆◆◆


 先輩が言い出したのは、よくあるものだった。


 まず部員を男女に分け、3面張られたコートにそれぞれ入って貰う。で、一本勝負。負けたらバド部が使っている体育館半面を全力一周。部員たちは時計回りにコートを周り、色んな人と無差別に勝負する。


「これはより実戦に即した練習なんだ!!」


 由紀の前ということもあり部長はいつも以上に声を張る。


「試合だと終盤は疲れてくるだろ?! そこで最後の気力を振り絞りポイントを取れるかは勝敗を分けるんだ!」

「だからわざわざ疲れさせるために一周走るんすか?」

「その通りだ惣太! 追い詰められればられるほど人は疲れる!! それに試合が優勢に進めば疲れた相手の息の根を止める必要がある! これはそういったシーンで、負けてる奴はふんばり、勝ってる奴はトドメを指す練習なんだ! 分かったか?! だから皆最初から本気で行けよ! 疲れれば疲れるほどドツボに嵌まるぞ! あ、あと一番走った奴は、最後の最後に10周ラン追加だからな! それが嫌ならば死んでも勝て! じゃ、やってみよう!!」


 先輩の言葉で男子がコートに散らばっていく。


 そして次第にちくしょーーー!! とか、やりぃー!! とか威勢の良い声が聞こえ始め、「なんでッなんッだよー!!」とか言いながら生徒が全力で体育館を周回し始めた。


 確かにこれは良い練習かもしれない。


 闘志剥き出しに打ち合ったり走ったりする生徒を見て、惣太は評価を改めた。


 由紀の前、というのもあるのかもしれないが、これだけ本気で練習をしている部員を見るのは久しぶりだ。


 動機に不純なところがあったとしても、練習の質が高いのなら賞賛されるべきではないか。


 と、思いながら腰を入れて惣太はコートに入った、のだが……、その考えはちゃんちゃら甘いと言うほかなかった。


「死に晒せッ」

「え」


 相手だった同期の田中は、普段の数倍は機敏な動きをしたのだ。

 それでもって惣太のショットをスマッシュし、パシュッとシャトルがコートに鋭く突き刺さったのだ。


 その意味は――。


 ドッドッドッ、と心臓の拍動とともに真実が浮かび上がる。


 それを補強するかのように、惣太からポイントを奪った田中はクルッと身を翻し天に手を掲げ、パチンと指を弾いた。


「惣太、一周ぅぅぅぅ!!」

「「うおおおおおおおおおおお!!!!」」


 田中が言うや否や、体育館が沸いた。


 そういうことかああああああああああああああああああ!!!!


 体育館を走りながら惣太は真実を悟った。


 由紀の前なら!


「オラァ!!! 喰らえよぉ!!!」


 皆!! 


「潰れろ!!!! 惣太!!!!」


 俺に死ぬほど本気出すから!!!


「オラヨオ!!!」


 自動的に俺の負けが嵩むってわけか!!!


 ちくしょおおおおおおおおおおおおおおお!!!


 はめやがったなーー!!!


 まんまと嵌められた惣太はこの酷い練習に歯を食いしばり全力ランをしていた。


 この前鞠華が言っていた特別メニューとは、つまりこのことだったのだ。


 西山先輩は合法的に惣太を潰す手段を考えていたのだ。


 なんて、なんて、酷い先輩なのだろう。


「ハッハッハ、良いだろうこの練習~~!」とか仲間と言っているあの爽やかな面の奥にどれだけ悪どい本性があることか。


 しかしいくら真意に気が付こうとも既に術中に嵌まってしまった惣太は、蟻地獄に嵌まった蟻のようにズルズルと深みに嵌まり何周も走らされ体力の限界へと誘われる。


 たちまち息が上がり、惣太はもうこれ以上は負けられないというリーチのところまで追いつめられる。


 と、そこで惣太が相対したのが――


「お、今度は惣太が相手か!」

「由紀か!」


 何故か男子グループに混ざる由紀だった。


「宜しくね惣太!」

天使エンジェルーー!!)


 疲れきったこのタイミングで現れた由紀に、惣太は天使の姿を重ねた。


 瞬時に由紀の真意を把握したのだ。


 つまり、この天使は、惣太にわざと負けて休憩をさせてくれるというわけだ!! やったようやく一息つける! イエス、由紀!! ジャスティス由紀!! お前がナンバーワンだ! プリティーマイエンジェル由紀! と感涙する惣太。だが、


「やりぃ! 私の勝ちぃ!」

「お前えええええええええええええ!!」


 由紀は容赦なく惣太からポイントを奪って行き、惣太の罰ゲームが確定したのだった。


 お前の空気読めなさにはがっかりだよぉぉぉ!! 由紀ぃぃぃぃ!!!


 くそがああああああああああ!!


 くそくそくそくそくそくそくそくそくそ!!


 罰ゲームの追加の10周ランをしながら惣太は悪態をつく。


 西山ああああああ!!!


 お前覚悟出来てんだろーなああ?!

 俺が部長になったら!! もしなったら!! お前が指定校推薦とかでもし部にまだいたら!! 死ぬほどいびってやるからなああああああ!!!


 覚えてろよおおおおおおおおおおおお!!!!!


「聞いたよ惣太」


 最終的に合計20周走らされた惣太は休憩していた由紀に話しかけられた。


「あぁ!?」


 温度差が酷い。

 惣太はもうへとへとなのだ。

 だが由紀は構わず話し続ける。


「鞠華ちゃんとの馴れ初め。ESS部の交流会で出会ったんだってね? で、同じくバドミントンしてるから区のミックスダブルスの大会出始めたって」

「ま、まぁ、そうだな……」

「というか汗酷いね。はい、ドリンク。私のも飲んでいいよ。どうせ足りないでしょ」

「あざっす」

「全く、まさかそんなところでいちゃついてるだなんて」


 汗だくだくで由紀のドリンクも口を付けて飲んでいると、由紀はなぜかプリプリと頬を膨らませ怒っていた。


 いちゃついてるって……。誤解も甚だしい。


 だが由紀の話していたことは概ね事実だ。


 今はESS部には入っていないが鞠華は中学時代ESS部にも入っていたのだ。


 その外国人講師を擁した中高交流会で惣太と鞠華は出会った。


 今もその当時のことは覚えている。


 可愛い子がいるなぁと思ったらその子が鞠華で、何かの拍子で同じくバドミントンをしていることを知ったのだ。


 それから惣太は鞠華に誘われ、区の大会に出始め、鞠華は中高交流会を惣太の高校で行っていたのもあり、高校のバド部にも顔を出し始め、今年、実際に入学しバド部に入ったのだ。

 

 鞠華は一年ほど前から名物生徒だったわけだ。


 と、そんなこともあったな~と回想していると、女子の練習を終え、鞠華がやってきて言った。


「由紀さん、私たちと勝負しませんか?」と。


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