第11話 部活見学②



「ええええ?!」と鞠華の宣言に、皆が仰天していた。


 最初から由紀は鞠華を敵対視していた。

 鞠華もそれは同じだった。


 その流れがあったとはいえ試合をするとは驚きだ。


「え、マジで試合すんの?!」

「うん、するみたいだよ!!」


 水飲み休憩から戻って来たら試合をすることになっていて、多くの部員が目を丸くしていた。


 試合内容は 惣太&鞠華 VS 由紀&西山先輩だった。


 私たち、と言ってたあたり最初から勝負はミックスダブルスなのだ。

 となればいつもペアを組んでいる惣太が鞠華陣営に組み込まれるのは必然なのだ。


 そして自動的に試合に組み込まれた惣太はというと、部長が試合に出るとなり俄然やる気になっていた。


 なぜなら部長はたったいま自分にとんでもない練習を課した怨敵なのだ。


 こんな都合の良い機会、そうないじゃないか。


 ――絶対に潰す。


 恨み骨髄の怨敵の登場に、惣太はドス黒い情念を燃やしていた。


 会場が盛り上がる中コートに入ると、外野の騒ぎに負けないように惣太は声を張り上げた。


「鞠華!! やるぞ!! 由紀がいても関係ねぇ! あの野郎、とんでもねえ練習考えやがってッ! 絶対に潰す!!!」

「その意気です!! 先輩!!」


 惣太の意気に待ってましたとばかりに追随する鞠華。


「ふ~~ん?」


 だがそれに由紀が冷や水を浴びせた。


「そっか~~。勝つか~~。でも、そんなこと言って良いのかな~~? 惣太、私に勝てると思っているの? 運動で?」


 振り返るとそこには不敵な笑みを浮かべる由紀がいた。


 それは、勝てるわけがない、と言わんばかりだった。


 確かに惣太はこれまで運動で由紀に勝った試しがない。


 だが今回は違う。


「ハッ、言ってろ。鞠華はつえー」


 バドミントン、しかもダブルスなら勝ち目がある。

 バドミントンは長年惣太がしてきたものだし、鞠華もバドが上手だからだ。


 惣太の啖呵に「先輩!!」と、鞠華が感極まったような声を出し、「へ~~? そんなこと言っちゃうんだ~~」由紀が目元をぴくぴくと痙攣させていた。


 それにますます外野は盛り上がり、


「じゃぁ審判は私がします……」


 何で私がしなきゃいけないの? と迷惑そうに言いつつも副部長の女子が審判に入り、おおおおおおおおおお!!! と喚声が高まる中、試合は始まった。


 サービスの鞠華が、シャトルを放つ。


「行けー! やっちまえー!」


 試合は一進一退の攻防となった。


 惣太は部長に勝つために、部長は惣太を打ちのめすために、鞠華と由紀はお互いに相手をひれ伏させるために、死力を尽くしシャトルを追い続ける。


「鞠華! 頼んだ!!」

「了解です!!」

「由紀ちゃん! ナイッショ!!」

「ありがとうございます!!」


 惣太が必死に拾い、鞠華がスマッシュを打ち、由紀が打ち返し、先輩が反撃する。


 シャトルが時に鋭角に、時に高い弧を描きコートの上を通過する。


 少しするとどちらも退かずポイントが5-5で並んだ。


 するとそこで、このままではマズイと思ったのだろう、フゥ~~っと由紀が大きく息を吐いた。


「どうしたの? 由紀ちゃん?」

「いや、気合入れようと思って」


 既に由紀は十分過ぎる程上手だった。


 だから観客の誰しもが由紀のその言葉をハッタリだと思ったのだが


「……ウソでしょ……ッ!?」


 次のポイント。


 由紀の苛烈なスマッシュが火を噴いた。


「なんなんですかあの人!! 急に別人じゃないですか!! 今までバドミントンやってたんですか?!」


 ミサイルのように強烈なショットに鞠華は惣太に向かい唾を飛ばす。


「いやバスケ部だ。鞠華、あれが中川由紀という女なんだ。気合入れて行くぞ鞠華!」


 惣太が言うと、二人はパチッと手を叩き合う。


「アー!!! 今ちょっと何したの惣太!!」


 すると今度は由紀が騒ぎ始めた。


「何って、ハイタッチだが」

「あーー!! いけないんだーー!!! いけなんだーー!!」


 まるで悪いことを見つけたかのように、お母さんに言いつけてやるとでも言うように指差し口を尖らせる由紀。


 そういえば昔、由紀の分のお菓子食べた時も同じようなリアクションをされたような……。


「ハイタッチくらいで何言ってるんですか、先輩、手を出してください」

「へ、あ、良いけど……」


 パチンパチンパチンパチン。


 変わってねーなぁ~と感慨耽っていると鞠華に何度も手を叩かれた。


 何だ何だと思っていると鞠華が得意げに腕を組んだ。


「先輩と私はこんな触れ合い、別に何でもありません。空気を吸うのと変わりないんです。由紀さんだって、そうでしょう?」

「……」


 煽ってくる鞠華に、由紀は俯き、腕を突っ張っていた。


 惣太には分かる。


 実際のところ、由紀と惣太の触れ合いはあまり多くない。


 義妹、義兄という関係は肌の触れ合いに関し逆にシビアなのだ。


 だから義妹であるというのに接触は多くないというところに義妹なりのプライドが傷ついたのだろう。


「へ、へ~~、本気、出そっかなぁ~?」


 目元をぴくぴくと痙攣させ、ブチ切れた由紀は肌がひりひりしてくるような圧を出し始めた。


「あ、またなんか雰囲気変わりましたね……」

「あぁ、いよいよ本気を出すみたいだな……」

「あと何回変身残しているんですかこの人……」


 そこからはさらに苛烈な攻防になった。


「……何なんですかこの人……!!」


 鞠華どころではない、惣太も、そして由紀に合わせ動く先輩ですら完全に本気を出している状況に、鞠華は目を剥いた。全部、由紀が原因だ。


 由紀のプレーが完全に中高とバドミントンをして来た惣太や鞠華、西山先輩と同等のレベルで、誰も気を抜けないのである。


「……ほんとに素人なんですか……!!」


 悔し気に言った直後、由紀の強烈なスマッシュが鞠華に襲い掛かる。


「とぉ! あぶねぇ! 鞠華、油断するな! ヤバい!!」

 

 鞠華が拾えなかったシャトルを惣太がなんとか拾い返す。だがすぐそこには由紀がいて、再度由紀のラケットが高速で振るわれた。ポイント。


「すげぇな……」


 西山先輩も由紀の鬼神のような活躍ぶりに開いた口が塞がらない。


 当の由紀は既に完全にゾーンに入っていて、目だけ猛禽類のように爛々と輝き、ラケットを構え次のショットに備えている。ゾーンに入った由紀は何も言葉を発っさない。

 

 周囲の生徒もこの試合にいつのまにか魅入り言葉を失っていた。


 誰もがこの試合がお遊び感覚で始まったものだということを忘れている。


 シャトルから火花が飛び散りそうな、刃物で切り合うかのような鋭い応酬に皆が息を飲んでいた。


 試合はシーソーゲームで進み、ついにデュースに突入した。


 どちらかが2ポイント差を付けたら勝利となるところまできた。


「フッ!!」


 由紀のスマッシュが火を噴く。


 試合を決めようと更に由紀のエンジンがかかる。


 負けないッ……!


 だがそこで由紀以上にエンジンがかかったのが惣太だった。


 なぜなら惣太は由紀の横に並びたくて、文武両道、バド部とESS部に入ったのだ。

 

 ならば、これまで打ち込んできたバドミントンで由紀に負けるわけにはいかないではないか。


 だからポイントがイーブンになった次のポイントで惣太は渾身のスマッシュを振るいポイントを奪い、その次のポイントで、


 ちくしょおおおおおおおおおおおおおおお!!!


 由紀のコートの隅を狙ったスマッシュ。


 ぜってぇぇぇ負けねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!


 それを拾うべく、そのまま観客に飛び込んでしまうような勢いで横っ飛びに飛びシャトルを返し、そのまま実際に惣太は観客に突っ込み、それに怯んだ由紀がなよった返球をしたのを鞠華が仕留めて勝負を決めたのだった。


「どうですか由紀さん!!」


 イテテ……と派手に体育館に身を打ち付け顔を顰める惣太を他所に由紀と鞠華は言い合っている。


「へへ、やるね鞠華ちゃん……」

「こんなもんです!」

「覚えておいてあげる……あなたのこと」


 いまだにマウントの取り合いが終わらないらしい鞠華と由紀に辟易していると惣太の下に由紀がやって来て眉を吊り上げた。


「ていうか惣太何回鞠華ちゃんとハイタッチしたの?!」

「……さぁ? でも20回近くしたんじゃないのか?」

「20回も?! エッチエッチエッチエッチエッチ!!!」


 由紀は顔を真っ赤にし唾を飛ばし言っていた。


 だがその意味が分からない。


「何がじゃ」


 ハイタッチ如きで何でそんなことを言われないといけないのか。


 惣太が憮然とした調子で言うと、キッとした由紀はむんずと惣太の手を握りしめ「イチニサンシゴロクシチハチキュウジュウ!!! ジュウイチッ」と速攻で20まで数え、「これで私の勝ち!!!」と言い切り、えええええ、と皆をドン引きしていた。


 え、マジ……? とか、嘘でしょ……? とか口々に言っている。


 その周囲の反応にうんうん分かる着いてけないよね、と同調していると


「お前とは絶交だ惣太」

「え?!」


 まさかの絶好宣言に惣太は面食らった。


 なんで俺が悪く言われないといけないの~~~~~~!?!?!?!


 こうして騒がしいままにこの日は過ぎて行くのだった。




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