第12話 部活見学③






 バド部で散々暴れ散らかした翌日、由紀は今度はESS部の部室に訪れていた。


「へぇ~ここがESS部の部室なのね」

「そ、適当に見てて」


 他の部員よりも一足早く訪れたESS部の部室で、由紀は本棚に刺さったカラフルな冊子を開いては閉めを繰り返していた。


 へ~、こんな風なんだ、と呟く由紀は、昨日より落ち着いている風に見える。


 これは今日は心安らかに過ごせそうだ。


 昨日の一件で惣太への非難の眼差しはより強まり、教室にはもはや居場所がないような状態なのだ。由紀が落ち着いているにこしたことはない。


 穏やかな由紀に惣太はホッと胸をなでおろした。


「ESS部って英語話す部活なんだよね?」

「そ。外国のボードゲームしてみたり、外国の小説読んでみたり、講師と一緒にお茶したり、そんな感じだな」

「へ~~、そうなんだ。じゃ、惣太はこの小説とかも呼んだの?」

「パリピ・ポッターか……。途中で挫折した」

「はは、挫折したんだ」

「うん、それなら普通に英語勉強すれば良いかなって。あと主人公がパリピ過ぎる……」

「ハハハ、確かに惣太には合わないかもね。そういえばこの部活って男女比は?」

「殆ど女子だぞ、男子もちらほらいるが」

「へ~~」


 だが惣太の期待に反し、由紀は刺のある声を出し始めた。


「あ、そういえば部長に迷惑かけんなよ?」

「それは約束出来ないかな?」

「おい!」


 また部長に突っかかる気か、と声を荒げると、ガチャリと部室のドアが開いて、当の優菜先輩が入ってきた。今日も数名の女子を引き連れている。


「あ、居たんだ! 電気くらい点ければ良いのに~」

「あ、優菜先輩!! お疲れ様です!」

「はい、お疲れ、深見君、それと中川さん」

「はい、お疲れ様です、優菜先輩。その可愛い顔で色んな男の人をひっかけてると噂の優菜先輩」

「おいおい落ち着け。お前がそれを言うのか。ドウドウドウ」

「何よ惣太、私馬じゃないよ!」


 早くもあいさつ代わりにジャブをかまし始めたので宥めると、由紀は目を吊り上げた。


「分かってるって、でも先輩にちょっかい出すなよ」

「何よ先輩先輩って! 私義妹だよ?! 先輩より義妹の方を大事にしなよ!!」

「してるだろ!!」

「してない!! 母の日と父の日があるのに妹の日がないのはおかしい!!」

「おかしくねぇ!!」


 意味不明な抗議に惣太が憤慨していると、先輩はフフフと微笑んでいた。


 その余裕たっぷりな姿はまるで聖母のようで、やはり由紀とは度量が違うと痛感させられる。

 そう尊敬の念を新たにしていると、ガチャリとドアを開けて紬がやって来た。


「あ、紬!!」

「紬ちゃん、お疲れ~」

「何この騒動は」


 紬は由紀がぎゃんぎゃん騒ぐ部室に眉を顰めた。


「ははは、俺の義妹が部活見学に来ててな」

「フ~~ン、あなたが中川さん」


 惣太が由紀を紹介すると紬はスタスタと部室を横切り由紀につっかかっていった。


「そ。私が由紀。中川由紀でも、深見由紀でも、どっちでも良いけど。で、あなたが淀川紬さん?」


 対する由紀は至近に近寄る紬に顎をツンと上げて目をすがめる。


 ……何となく、二人の間でバチバチと火花が散っているような気がするんだけど?

 何始めてるの君たち?


「それで合ってる。……それとあなたがここに来た理由も分かっている」


 おろおろする惣太を他所に「あなたが用があるのは私でしょ?」、なんてバトルアニメで出て来そうなセリフを言う紬。


 由紀も「そ☆」と怖い笑みだ。

 いやだからなにそれ?!


「なら美術室に来て。そこの方が落ち着いて話せる」

「じゃ、そうしよっかな?」

 

 だがツッコミを入れる暇もなく、彼女たちはガタガタと椅子を退かし歩き始めた。


 それはまるで西部劇のガンマンが「良いぜ……?」とか言ってバーから出て決闘に行くようで、このままではいけない。このままでは人死が出る、そうとっさに判断した惣太は「じゃ、じゃぁ……自分も、これで……」と後に続く。


「じゃ、頑張ってね〜〜〜〜深見くん」

「は、はい……」


 先輩に見送られ退室する時、惣太は心の中で涙した。

 

 今日はのんびり出来るかと思ったのに……。

 

 やはり一筋縄でいかない少女たちである。


 ◆◆◆


 それから少しして、惣太は美少女二人と最上階にある美術室にやってきていた。


「良いのか、勝手に鍵開けて?」

「うん、先生から暇な時はいつでも使って良いって言われてる」

「信用されてんだな……」


 紬がガチャリと扉を開けると机が何個も並べられただだっ広い空間が広がっていた。


 窓からガランとした空間に西日が差し込んでいる。


 どこか寂しい光景だが紬にとってこの空間は心の故郷であるようだ。

 

「やっぱりここの方が落ち着ける」


 と、イーゼルにキャンバスを立てかけて、紬はシャッシャッと鉛筆を走らせ始めた。


 紬が鉛筆を走らせる音のみが教室に響き渡る。

 

 一年の頃は選択美術の授業でよくここに訪れていた。


 あ、また自画像やっている、と紬の筆記音をBGMに一年生の作りかけの作品を見ていると由紀が紬に話しかけていた。


「あなた、美術部にも入っているの?」

「むしろ、美術部がメイン。絵で、食べて行きたいから」

「へ~~」


 窓からの自然光が満たす教室で、由紀の声だけが響く。


「で、あなたが知りたいのは何?」

「惣太と仲良くなったきっかけ」


 由紀の言葉は西部劇のガンマンのように迷いが無かった。


「そういうこと。でも、それならそうたから聞けば良かったんじゃない?」

「そうかもね。でも、私はあなたの口から聞きたかったの」

「ふーん、そ。でも、大したことないよ。仲良くなったのは、どうかな……、普通にESS部で会った時から、だと思う。違うっけ、そうた?」

「い、いや、それで合っていると思う……」


 紬に話を振られて回想する。

 当時、いつも眠そうなこの少女が見ていて大丈夫なのかと不安になったのだ。


「ふ~~ん」

「でも決定的に仲良くなったのはアレだね。美術の授業の時だね」

「美術の授業?」

「そ、美術の授業。アレは今でもよく覚えている」


 それから紬が語り出したのは去年の秋ごろの出来事だった。


 その頃の美術の課題は『心に残っている風景』で、美術部であり将来絵で食べて行きたい紬は、多くの生徒にとって美術の授業など寝るか雑談の時間でしかないのに、真剣に絵を描いていたのだ。


 その結果出来上がったのが現実の世界に心象風景が入り込んだ明らかに周りとは浮いた作品で、放課後の帰り際に、ある生徒たちが飾ってある紬の絵を見て小馬鹿にして笑っていたのだ。


「そしたらね、そーたが、バーーン! って……」


 見ると、紬の瞳は西日のせいだろうか、艶やかに輝いていた。


「バーーン?」

「俺が物落としたんだよ。ていうかよくあんなこと覚えてんな」


 昔過ぎる話が出てきて惣太はビックリである。


「どゆこと?」

「そうたがわざと物落として大きな音を立てて黙らせてくれたの」

「は〜、そういうこと……」


 惣太の昔の活躍に由紀は呆けたように口を開けていた。


「まぁ今思うとヤバい奴だけどな……。ていうかよくそんなしょうもないことを……」


 覚えているなと感心していると紬はフルフルと首を横に振った。


「ううん、しょうもなくない。私、とても、嬉しかったから……」

「そ、そう……。ま、まさかそんなに感謝されているとは……」


 顔を真っ赤にする紬は今にも涙を零しそうだった。

 泣くほど感謝しているのなら、言ってくれればいいのに……。


 なんともこそばゆく頬を掻いていると、紬が由紀に向き直っていた。


「だからね、それ以来そうたは私にとって大切な人。だから仲良くさせて貰ってる。だから……」


 紬の瞳に強い光が灯る。


「義妹のあなたがいても、関係ない」

「ふ~~~ん、そ」


 由紀はまるで売り言葉に買い言葉のようにそう言った。



「行こっか、惣太」


 少しすると由紀が席を立った。


「え、あ、え?!」


 紬の話が長かったのか、いつのまにか窓の外の空は赤く染まり始めている。


 惣太が動揺しているうちに由紀は惣太の手を取ると、つったか階段を下り始めた。


「良いのか由紀、紬放置して?!」

「良いんだよ、どうせ勇気出して限界だろうし」


 お前のためなんだぞ?! と言外に込めて言うが由紀は歩調を緩めもしなかった。


 どういうこと?! 

 追いつけない由紀の思考に動揺していると、下の階に丁度鞠華が現れた。


「あ、鞠華!」

「先輩!」

「お疲れ~」

「お疲れ様です。あ……、それと由紀さんまで……、お疲れ様です……」

「私見て露骨にテンション下げるの止めてくれる?」


 惣太の声で顔をあげた鞠華は由紀が一緒に居ることを知るとあからさまに肩を落とした。


 それから三人で玄関を出て、夕暮れの赤い空の下を歩いている。


「は~~、今紬先輩と話していたんですか?」

「そういうこと。やっぱり紬ちゃんと知り合いなんだね?」

「中学時代はESS部でしたから」

「どうして高校では入ってないの?」

「そりゃ、高校のESS部は紬さんの領域でしたからね。入るのは悪い気がしました。それは由紀さんも同じなんじゃないですか?」

「それは、そうだね」

「で、どうでしたか、紬さんの印象は?」

「一言では言い表せないね。とにかく油断ならないって感じ……」

「私も同感です」


 二人の間では通じるものがあるのか、二人は揃って苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。


「ところで鞠華ちゃんはどうして惣太とペアを組んでるの?」


 会話が途切れると、ふとした調子で由紀は聞いた。


「そうですね~~」


 そういえば、どうしてなのだろう。


 成り行きで成った、といえばそれだけの話なのだが。

 

 惣太も不思議そうにしていると、色々思考を重ねた鞠華はにやりと不敵に笑った。


「色々あります、が……!」


 会話で優位に立てて鞠華は喜色満面だ。


「あなた、惣太先輩の義妹なんですよね。なら、わざわざ言う必要ありますか?」


 ニタリと笑う鞠華の顔は嫌らしい感情で一杯だった。

 由紀にマウントを取れてうれしくて仕方ないらしい。


 それに惣太が何とも言えない気持ちになっていると、丁度別れ際まで来たようだ、鞠華は惣太達に背を向けた。


「では私はこれで。……由紀さん、同じ家にいるからって油断しないことですよ」


 じゃ、と言って鞠華の背中が遠くなっていく。


 塾でも行くのかな、と思っていると「イッタ?! なに!?」と由紀に思いっきりデコピンされた。


 何怒ってんだよ、と憤慨していると、ふん!! と由紀は鼻を鳴らす。


「意外と皆……、見る目あるじゃん……!」

「そ、そう……」


 何その怒り方……。意味不明な怒り方に慄きざるを得ない。


「あと、紬ちゃんの怒ったって話……」

「うん……」

「……やるじゃん」

「そ、そう……」

「惣太のそういう人のために怒れるところ、私良いと思うよ……」

「そりゃ、どうも」


 二人がレンガ畳をローファーで歩く音が辺りに響く。

 野球部の生徒が校庭にトンボをかけている。


「ふん!」

「いった! 足踏むんじゃねぇ!!」 

「全く何なのさ! 意外とモテて!! むかつくんだけど!!」

「何がじゃ!!」


 真っ赤な光が満たす中、二人は言い合っていた。



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