第29話 朝礼
『2年E組の深見惣太です。義妹の深見由紀のことで、皆さんにお願いがあります』
そう言い切った瞬間、胃の内容物を吐き出しそうになった。
めまいが一気に襲ってくる。
しかしそれを抑え込み、惣太はマイクを持つ手に力を込めた。
由紀の隣に立つ、それを目指す惣太は譲れない時がある。それが今なのだ。
『先日、由紀が大事していたぬいぐるみが引き裂かれました……! 由紀やもしくは自分に……! 色々言いたいことがある人もいると思います……!』
一瞬で喉はからからに干上がっていた。
口の中が砂漠のようになっていた。
『だけど、アレは由紀にとって大切なものです……! 他の人にとっては下らないものかもしれないですけど、アレは由紀にとって大切なものです……! だから……!』
息が続かない。惣太は大きく口を開け酸素を求める。
『もしまだあの人形のパーツを持っている人がいたら、返して欲しいですっ! 自分に返すのが難しいなら他の人経由でも良いです! どんな方法でもいいので、もしまだ持っていたら返して下さい! 宜しくお願いします!!』
言い切るや否や、ガバッと惣太は深々と頭を下げた。返して欲しい、それを表すためだけにただただ頭を下げた。
そしてゆっくり顔をあげると
『い、以上です……。な、生言ってすいませんした……』
と、顔を赤くし、軽く会釈し演台を後にしたのだった。
異常人物の降壇に体育館は大いにざわついた。
ウワァ……、とか聞こえてくる。
その異常人物が生徒に混ざろうとすると、怯えたように生徒が避け生徒の海が割れた。
だがそんな中何とか持ち場まで辿り着くと
「お前何やってんだよ!!」
「そうちゃん正気?!」
と幸次と真彦に口々に言われた。
しかし惣太としても自分が何をしたかは分かっている。
「ハハハ……」
怯えや白けが見え隠れする生徒に囲まれて、惣太は気まずそうに頭を掻くのだった。
「正気じゃ、ないだろうなぁ……」
◆◆◆
「惣太! どうして?!」
朝礼が終わるや否や惣太は由紀に呼び出されていた。
惣太達がいるのはいつぞやのベランダである。
ガラス戸で仕切られた周囲と隔絶された空間で惣太と由紀が向き合っていると、何人も何人も生徒がわざわざこちらを見にやってくる。話題性はバッチリのようだ。
しかし今は由紀である。
「言ったろ、俺が何とかするって」
「でもっ……」
「でも?」
「あんなことしたら惣太が……」
「あーーーー、心配してくれてるのか」
「うん」
惣太のために由紀が危険な目に遭ったら惣太も胸が張り裂けそうになる。
それと同じ気持ちを抱いてくれているのなら、救われる思いだった。
由紀の隣に立つ。
そのためだけで実行した行為なのに、それでこんなにも、眉を顰めるほど由紀が心配してくれるなんて兄妹冥利に尽きると言える。
「ありがとな。でもその気持ちだけで十分だ」
だから惣太はそう言うと
「ホラ行くぞ。授業始まっちまう」と、それでも言葉を重ねようとする由紀を残しさっさと教室に引き上げていくのだった。
――――――
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