第27話 下駄箱




 

 だが、今回の新聞部の記事に端を発する事件は、そんな簡単には収まるものではなかったのだ。


「ひえ~~~~」


 翌日の放課後、帰宅しようと下駄箱に行くと、自分の外履きが白と黄色のチョークの粉塗れになっていた。


 下駄箱に自分の靴が無いことに気が付き、辺りを見回したところ、外へ少し出た物陰に、そのような状態の自分の靴があるのを発見したのだ。


 最初はまさかその黄色い物体が自分のものだとは思いもしなかったので驚いた。しかしどうやら自分の靴である。


 きっと昨日の事件を機に、惣太に嫉妬した男の犯行である。

 今日は散々男たちにやっかまれていた。


 由紀という美人と連れ立つとは常にこういったリスクがあるということであり、小学校の時は靴がびしょ濡れにされたものだが、高校生にもなるとチョークの粉塗れになるのかと、驚きを禁じ得ない。


 チョークの粉まみれということは、犯人は黒板消しクリーナーでも利用したのだろうか。


 そんなことを考えながら、


「ついにか……」


 と、戸惑いつつ自分の靴を拾い上げ、バッスンバッスン床に叩きつけて粉を落としていると、一緒に探していた由紀は顔面蒼白になっていた。


 瞳をカッと見開いている


「誰だろ、こんな酷いことするの……?」

「さぁな。皆目見当がつかん」

「許せない……」

「許せないって……。でも嫌疑がかかる奴が多すぎて絞り切れないぞ」

「そうだけど……、ていうか惣太はこんなことされて怒らないの?!」

「……いや、怒ってるし腹立たしいと思ってるよ。でも……、見つけらんないし、小学校の時はもっと酷かったし……」

「……それは、そうだけど……」


 惣太が控えめに言い返すと、過去を回想し、由紀はしゅんと俯いた。


「でもむかつくよ……。それに、高校生と小学生は違うじゃない……」


 それは確かに由紀の言う通りであった。


 むかつくことにも異論はなく、小学生染みた手法がおかしいことも同じくだ。


 そして、惣太は由紀が怒ってくれて救われてもいた。


 自分の代わりに怒る由紀に、心がスッと軽くなるのだ。

 自然と顔がほころんだ。


「由紀の言いたいことは分かるよ。こんなこと高校生になってやるのはおかしい。それに由紀が俺の代わりに怒ってくれるのも助かるってのもあるんだ。だからありがとな由紀、俺の代わりに怒ってくれて。それと探してくれて」


 だから惣太はそのように言っていて、由紀の肩を叩いていた。


 大切な人が悲しむのはこちらも辛いのだ。


 これ以上由紀を悲しませないために惣太は気丈に振舞う。


「でも犯人が分からないのも事実なんだ。とりまさっさとこれを何とかしようぜ?」


 これ黒板消しクリーナーなら取れるのかなと努めて明るい声を出す。


 するとそこに背後から男たちの声がかかったのだった。


「あれ~~、深見君と由紀ちゃんじゃ~~ん、どしたの~~~」


 振り返るとそこにいたのは由紀関連で話したことのある、名前も覚えていない連中だった。


 名前を覚えるまでもない、取るに足らない先輩連中である。


 由紀を悲しませないためにも今は放っておいて欲しい。


「別に、大したことじゃないです」


 惣太はそのように簡潔に答えるが、粘着質な先輩たちは逃がしはしなかった。

 惣太の靴を見てわざとらしく目を丸くしてきた。


「あれ? でも靴粉塗れじゃ~ん?? やば~~~」

「……」

「大変だねぇ~~~~~~」


 心の籠っていない同情は耳障りでしかない。


「ま、まぁ……」とあいまいに返し会話を終わらせる。だが先輩は惣太が酷い目に遭っているのが嬉しいのか、体を居丈高にして伸び伸びと言い放つ。


「でもま~~~~、これも役得だと甘んじないとなぁーーーーー? 由紀ちゃんと仲良いんだから。そりゃ靴だって粉に塗れたりどっか行ったりもするって~~」


 ギャハハ、と、先輩の物言いに周りが笑う。


 明らかに惣太を攻撃している言葉の数々に、胃がムカムカしてくる。


 ただでさえ惨めな状況なのに追い打ちをかけるような先輩の言葉にめまいがして来そうだ。


 なんて間が悪いのだろう、と自分の運の無さを呪う。


 少しでも時間がズレればこんな惨めなさま、由紀に見られずに済んだのに。そうすれば由紀だって悲しまずに済んだのに……。


 と、自分の惨めさを嘆いていると、ふと気が付いた。


 ――なんでこいつは靴が隠されていたことを知っているんだ?? と。


 とっさにおかしいと悟る。


 なぜならこの靴は下駄箱の外の物陰に隠されていたのだから。


 探さないと分からない位置にあったのだ。


 だというのになぜ隠されていたと分かったのだ。

 

 ということはこの男が――。


 真実に辿り着き惣太が目を剥く。


 見ると、やはり男の袖には粉が着いていて、顔には隠し切れない愉悦が浮かんでいた。


 やはりだ。

 

 やはりこの男が――


 と、惣太が真実に気がつき凄絶な視線を男に向けた時には、キッと目を見開いた由紀が惣太の靴をむんずと掴みそのまま男めがけて投げつけていた。


 靴は見事男の顔面に直撃し、バフン! と小味良い音をたてて、粉をもくもくと立ちあげた。


 粉塗れな姿に、ヨッシャア!! とガッツポしたくなる。


「あなたね!! して良い事と悪い事があるでしょ!!!」

「由紀落ち着けって!」


 だがそんなことしている暇はない。

 惣太は今にも襲い掛かりそうになる由紀を羽交い絞めにし必死で抑えていた。


「落ち着けって、落ち着いていられるわけ無いでしょ!! だってこの人たちが犯人だよ!!」

「だとしてもだ!!」 

「何しやがんだお前!?」


 由紀の凶行に粉まみれの男も激高し言い返していた。

 だが由紀も一歩も引かない。


「うるさいわね! 絶対あなたたちでしょ!!」

「証拠でもあんのかよ!!」

「あるわよ!! なんでこんなタイミングよく現れるのよ!! なんで靴が隠されてたこと知ってるのよ!! なんでさっきまでアンタの腕に粉ついてたのよ!! なんで嬉しそうなのよ!! それにね!! アンタたちが昼休みにこの辺りでうろちょろしてたの私見たわよ!! 三年の工藤さんと一緒に居たでしょ!!! 知ってんのよ全部!!!」

「うっ」


 由紀の怒涛の指摘に、痛いところを突かれた男たちは何も言えないでいた。

 全てが急所にクリーンヒットしたのだ。


「なんなのよアンタたち!!」

「ちっ、俺じゃねーよ、何なんだよ癇癪持ちかよ……」


 そこにトドメの一撃のような由紀の一喝が入り、それをまともに受けた男たちは逃げるように去っていった。


 壮絶な言い合いを耳にし駆けつけた人たちは皆、呆気にとられていた。


 怒り狂う由紀に、チワワが犬歯剥き出しで吠えるのを初めて見たように、驚きを隠せないでいた。


 だがそんな生徒たちの動揺などお構いなしに


「全く! 惣太を虐める人は誰であっても許さないんだからね!!!」と、周囲丸ごと威嚇するように由紀は吠えるのだった。



 

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