第26話 新聞部



『義兄妹の疑惑の関係?! 二人の禁断の関係に迫る!!』


 報せを受けて駆けつけた階段の踊り場には、そんな見出しとともに一枚の壁新聞が貼られていた。


 大見出しの下には細かい字でこう続く。


『今年度転入してきて何かと話題をさらう中川由紀さん(本名は深見由紀。諸般の事情で旧姓を利用)。彼女が同じ2年E組の深見惣太と義理の兄弟であることは周知の事実だ! 本誌はこの度そんな二人の関係に迫った!!』


 筆者の荒い鼻息すら聞こえてきそうな興奮した文面だ。


『『二人は出来ていると思います』


 様々な噂が飛び交う二人の間柄をそう強い口調で言うのは事情通の一人だ。


『クラスのLimeライムでも確認されているんですけど、中川さんは深見くんと夜遅くまで一緒の部屋にいるそうなんです。しかも夜って9時とか10時じゃないですよ?! 深夜1時近くですよ? 関係もないのに二人でその時間ってありえますか?』


 確かにこれは気になる情報だ。深夜一時だと相当遅い。気を許していないと一緒に居れない時間ではないだろうか。筆者もそのスクショを確認させて貰ったが事実のようだ。(そのスクショは下記に掲載する)


 また深見惣太と中川由紀を知る者は他にもこうも語る。


『朝も一緒に来ています。なんか、こう……、踏み入れない雰囲気がありますね』

『この前も一緒に出掛けていたみたいだし、義妹だとしてもそこまで仲良くなることありますか?』


 やはり上がってくるのはどれもいかがわしい情報ばかりだ。こうなってくると本誌も二人の特別な関係を疑わざるを得ない。中にはこのように語気を強める者もいる。


『しかもですよ?! 由紀さんのバックにかけられてる人形があるんすけど、それ深見があげたものらしいですよ?! もう10年近く前の! そんなことあります!?』


 なんということだ。確かにこれはとても疑わしいと言わざるを得ないだろう』


 うん、分かる分かる。


 惣太は文面を見ながら大きく頷いていた。


 由紀との仲の良さが異常かどうかはさておいて、由紀の人形に関しては惣太からのツッコミがいつもある。いつまでかけているつもりだ、と。


 このツッコミは正しいと思いつつ読み進めて行くと、後半の方に久志に言われた通り、惣太へのまとまった文章があった。


『そこで気になって来るのが相手となる深見惣太という人物である。生徒会に所属する倉山久志とも交友の深いこの人物、1年の時に同じクラスだった生徒に聞いてみても特段目立ったエピソードは無いようだ。ただ今回の件で、ESS部とバドミントン部を兼部しており、そこでそれぞれ仲が良い女生徒がいるという情報が明るみになった。しかもどちらもが綺麗で有名な女生徒である。これは一体どうしたことだろうか? 中川由紀とも親密であることを踏まえると深見惣太という人物は、美少女にはいかなる手練手管も辞さない狡猾な人物ということになるのではないだろうか。そんな人物が中川由紀の隣にいることが果たして健康なことなのだろうか。本誌はそうは思わない。今後も本誌は深見惣太の動向を注視していこうと思う』


 以上のように文章は締めくくられていた。


「ふぅーー……」


 久志たちに酷いことを書かれていると言われたので駆けつけてみたら、確かに酷い言われようである。


 だが惣太自身いつか書かれるとは予想していたことであった。


 由紀の隣にいる以上、こういったトラブルは避けられないことなのである。

 

 だから惣太が、『それで今日は皆が変な目で見て来たんだ』と妙に納得していると、その場に一緒に居た由紀は俯いていた。


 突っ張った手がフルフルと震えている。それで大体の状況は察せた。


「これ書いたのって……?」

「校内壁新聞部だな」

「そんな部活もあるんだ……?」

「あ、あぁ……。ていうか部活全部見学行ったんじゃないのか……?」

「文化系の部活は行ってないところもある……。壁新聞部なんて、良い印象無いからなおさら……」

「そうか」

「……校内壁新聞部の部室ってどこ?」

「おいおいおいおい殴り込みする気か??」

「そうだよ! なにか悪いの?!」


 由紀の考えにぎょっとするが由紀はすでに猛進つもりらしかった。

 単に皆の口の端に上るだけなのと、記事にされるのでは全く事情が違うようだ。


「鞠華ちゃん、どこなのそこは?!」


 この場には騒動を聞きつけた鞠華や紬も駆けつけている。

 尋ねられた鞠華は眉を顰めていた。


「さ、3階ですけど……」

「……ホントに行くの中川さん?」


 紬も首をかしげる。


「行くに決まってるでしょ紬ちゃん! 惣太馬鹿にされて悔しくないの?!」

「悔しい、行こう」

「おい馬鹿! 紬まで! 落ち着け由紀!」


 あっさり陥落し腕捲りまで始めた紬に惣太が泡を喰う。このままでは本当に殴り込みをかけてしまう!


「落ち着け?! こんだけ惣太のこと好き放題書かれてるんだよ!? 落ち着いていられるわけないよ!!」

「でもそんなの仕方ないだろ!?」

「仕方ない?! 何が仕方ないの?!」

「そりゃ家族だし!」

「家族?! それが何なの?! 何も関係ないでしょ!! 何で私と家族だからっておかしなこと書かれないとならないの?! おかしいでしょ! じゃぁ惣太に何かあってそれで私に何か書かれても惣太は平気なの?!」

「それは平気じゃないが、」

「でしょ?! それと同じだよ!! 私が悪く書かれるのは別に良いよ!! でもそれで惣太まで悪く書かれるのは言語道断だよ!!」


 そうこうしているうちに惣太達は新聞部の部室に辿り着いていて、ダーン! と大きな音をたてて由紀はその扉を開いていた。


「ここが新聞部の部室ですか〜〜?!」

「あ、ああそうだけど……」


 勢いよく開かれた入口に泡を喰いながら生徒たちは顔を上げていた。


 突然の来訪者に面食らい状況が掴めていない彼らに由紀は引きちぎってきた壁新聞をつきつけた。


「壁にこんなしょーーーーーもないチラシが貼ってあったんですけどぉ〜〜〜? あなたたち資源浪費してとても楽しそうですね~~~~~??」

「し、資源浪費……?」


 余りにも威圧的な由紀の物言いに彼らはたじたじになっていた。


「そ!! だってこの新聞で書かれている私と惣太の怪しい関係、完全に事実無根だもの! 新聞部たるものがまさか裏取りもしてないんですか??」

「う、裏取り??」

「そ、裏取り。まさかとは思うけど新聞部だってのに本人に確認せず寝る前にするような好き勝手な妄想を壁に貼って回ったわけではないですよね~~~??」

「……」


 由紀の強い口調に新聞部の生徒は完全にひるみ、何も言えなくなっていた。

 敵に回していけない人物を敵に回したと知り固くなっていた。


 そんな生徒たちの内面をしっかりと把握した由紀はニッコリと笑みを作った。


「回収して来て」

「へ?」


 由紀の要求が理解できず生徒たちの目が点になる。


「回収して来て。惣太のことが悪く書かれていて、非常に不愉快なので、一刻も早く全壁新聞回収してきなさい」

「で、でもこれから五限目が……」

「ふ~~~~ん?」


 由紀の笑みが益々濃くなる。


「これ以上私を怒らせようっての?」


 その瞬間、生徒たちが恐怖で総毛だつのが見えた気がした。


「わ、分かりました!! 今から回収行ってきます!!」


 由紀の放つ怒気に怯えた生徒たちが蜘蛛の子を散らすように部室から逃げ出して行く。五限目が近いが、手分けして回収しようということだろう。


「全く……」

「す、凄いです……」

「鬼神のよう」


 血相を欠いて走り出す生徒たちを尻目にフンと鼻を鳴らす由紀に、その自分の意思を徹底的に相手に通させる手法に、鞠華と紬は驚嘆していた。


 だけどこれが由紀のやり方である。



「聞いたよ由紀、昨日新聞部に殴り込みかけたって?」


 そんなわけで荒っぽい由紀の手法は広まりに広まり、翌日の昼休み、由紀は猪上に尋ねられていた。

 尋ねられた由紀は困ったように頭を掻く。


「あ、聞いたんだ。ハハハ、やり過ぎちゃった」

「はえ~~~、マジなのか。由紀ホント凄いな」

「由紀カッコいい」

「いやいや大したことじゃないよ。ただ惣太のこと悪く書かれていてむかついただけだよ」


 ダウナー系の鹿田にまで褒められ由紀は顔を真っ赤にして謙遜していた。


 そうすると話はやはり惣太の方へ飛び


「ハハハ、愛されてるな深見っち」

「そ、そうか……?」


 話を振られた惣太はとぼけるのだった。

 

 だが確かに自分のために怒ってくれた由紀に、心が温かくなるのも事実なのである。


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