第25話 由紀の居る日常
由紀に応援して貰える一方で、周囲から非難されることもある。
そのように、由紀が近くにいると、良い事も悪い事もある。
良い事といえば、それはまず何といっても見ているだけで綺麗すぎて心ときめくことであろう。自分のタイプの美少女とこれだけ馬が合うのは至福の喜びである。
だが悪い事と言えば例えばそれは、バッシングの対象になったりすることだろう。
恵まれに恵まれた惣太は何がどう転んでも嫉妬の対象であり、叩かれる。どんな些細なミスも取り返しのつかないミスのように叱咤されるのだ。
そんな風に由紀が近くにいる日常は、ある意味で陰と陽の調律のとれた形で進行していて、その中でも、きっとこれは悪いことなのだろう。
「おい由紀忘れてるぞ」
休み時間の雑然とした教室で、その日、惣太は由紀に弁当を手渡していた。女バスの朝練で早出した由紀が家に忘れて行ったのである。
「あ、ありがと惣太」
「良いけど」
昔は昼飯を忘れることなんてなかった。家族が同じクラスに通っているので最悪どうにかなると考えているのだろうか。
全く、と内心でため息を吐いていると家族特有の光景に教室の女子は盛り上がっていた。
「おおおおお~~~!! 流石家族って感じじゃーん!!」
「阿吽の呼吸って奴~?!」
「いやいや~~、そんなことないよ~~~!!」
それに由紀はまんざらでも無い様子で、だが確実に困り顔を作って諫めていた。
実は楽しそうな由紀に、ツッコミをいれたくなるが、しない。しても無駄なだけだとこれまでの経験が告げている。
由紀は由紀で、抜けてるなーとか言われて被害被ってもいるので、敢えて余計な情報を付け加える必要はないと判断する。
だというのに由紀は翌日も同じことをやらかした。
「おい、由紀、お前また忘れてるぞ」
「あ、ありがと」
今度由紀が忘れたのは家の鍵である。
「しっかりしてくれ……」
「ハハハ、ごめん。惣太がいるから抜けちゃうみたい」
「止してくれよ……。今日は一緒に帰れないんだぞ」
「あそうか。今日惣太は部活だもんね」
「そういうこと」
ため息交じりに由紀に鍵を手渡すと案の定、外野の女子が色めいていた。
も~~やめてよ~~!! とそれをやはり由紀がまんざらでもないような感じで諫めている。
その様子を見ると、わざとか、と言いたくなるのだが、危険な水域であるので、やはり口を噤む。
由紀の、こちらの内面がボロボロと出て来そうな辺りを掠る火遊びは止して欲しい。
だが由紀はこのような惣太の所有欲とか特別な感情をくすぐるようなことばかりしてくるのだ。
「さ、惣太帰るよ! 今日は夕飯作らなきゃなんだから!!」
例えばある日、惣太が由紀に引っ張られるようにして帰ると女子は楽しそうに目を輝かせ、「良いねぇ良いねぇ! なに作るの?!」と盛り上がっていたし、またある時は、パパの誕生日プレゼント、何にする? と公然と教室で尋ねクラスを沸かせていた。
それだけ仲が良いものだから、由紀の女友達も由紀を遊びに誘う際に惣太に確認をとるものまで現れる始末だ。
聞かれてもこちらに権利もないので止して欲しいと伝えたら無くなったが、その時は由紀との関係をどう認識してるのか冷や汗が出る思いだった。
『また今度由紀の家に行って良い?』
そのような日々の中、飛び込んできたのがそのメッセージだった。
惣太が自室でくつろいでいる時に、そのメッセージは
由紀の友達が
別に良いけど……。どうしたもんかなー? と思いつつ伸びをしていると、ポコンと音がして『良いよ!』と由紀のメッセージが更新される。
由紀がいつぞやのように安請け合いしているようだ。
いや俺はOKしてないけど………
家に来るというのなら話は違うと、由紀の返信を何とも言えない気持ちで眺めていると、相手の女子は由紀よりも常識人のようだ、『深見君も大丈夫って?』と殊勝にも尋ねている。
うんうんそうだよね、と首を縦に振り同意していると、『うん、大丈夫だよ』と由紀が返す。
なにがだ。
何が大丈夫なんだと惣太がジト目で画面を見ていると、由紀の超速返信に女子は不審を覚えたようだ。
『そう、大丈夫ならいいんだけど』
『今深見くん何してるの?』
『え、惣太?』とビックリしたような由紀の返事。
自室だよ、と文字は打たず心の中で答えていると、わずかな間を置いて由紀の返事が更新された。
『惣太は今私の横で寝てるよ』
「おい!!!」
なんて馬鹿なことを言いやがる!!
火に油を注ぐという形容ではとても足りない油田に火を放つレベルの凶行に惣太は思わず叫んだ。
これまでのじゃれあいが些末ごとに感じるほどの爆弾発言に惣太が青ざめていると案の定の友人たちのページにメッセージが届いていた。
来ていたのはやはり由紀のコメントのスクショと『説明しろ』の端的な文言で、
ひぇ……
ただそれだけの簡素な文字列なのに背後に業火がごうごうとうごめいているのが見え惣太は怯えるのだった。
いやクラスページで話すのウザいから黙っていただけで、別に隣にいないし別室だけどと言いたい惣太だが、幸次に続いて「言葉には気を付けろよ惣太」「そうちゃん君って人は……」と久志と真彦から立て続けに冷たいメッセージが飛んできて惣太は恐怖で頭がジンと痺れたようになっていた。
このように、由紀が転入してきてからというもの、惣太の日常生活は息つく暇もない。
日常にふとした瞬間に由紀が出てきて掻きまわしていくのだ。
それだから、
「な、これは良いっしょそうちゃん」
「確かに、これは良いな」
真彦が持参した青年向け週刊漫画誌の表紙に惣太は真彦と鼻の下を伸ばしていたのだった。
由紀がいてストレスの多い生活だからこそ、こういった心を癒す映像は飴玉のような甘さでつい浸ってしまうのだ。つい舌で転がしてしまうのだ。
そんなわけで、これは良い、これは素晴らしい、と惣太は仲間内で言い合っていたのだが、当り前だが由紀に見つかる可能性はあるわけで、案の定そこに妙にニコニコした由紀が現れて「何見てるの?」とひょいとその冊子を取り上げてしまったのだ。
その結果由紀の面前に晒されるのは黒髪ショートカットの巨乳の女である。
「ふ~~ん」
彼女が浮かべたのはいつもおなじみの、作り物の笑みだった。
ニコニコと微笑むのみで感想を言わない由紀は恐ろしい。
ゲームキャラの巨乳好きは許されるのに現実世界では許されないのかよ! と不満が言いたくなる。
しかしその反論を言う勇気はなく由紀に言われたい放題言われ、昼休み、バド部の部室に行くと、どれだけ情報のめぐりが早いのだろう、「この変態! おっぱいしか見てないんですね!!」と鞠華には貶され、ESS部の部室に逃げ込むと紬は、「そうた、話は聞いた」と何やら机の上に靴の脱いで上がり
「私、意外と胸もあるよ」とセクシーポーズを作り胸部を強調するのだった。
「そ、そうか……」
紬の突然の奇行に対応に苦慮する惣太である。
そんな風に由紀と絡みの多い日常生活だからだろうか、祐作さんにまで
「ところで惣太くん」
「はい」
「由紀とはどこまでいっているんだい?」
「いやいやいやいやいやいやいや!」
ととんでもないことまで聞かれるほどで、
学校の新聞部は『その記事』を校内の壁新聞に掲載したのだった。
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