第21話 由紀と、買い物に行く。
由紀と二人で出かけることは、ままある。
それこそ数えきれないほどある。
買い物だ、郵便局だ、クリーニングだ、いくらでもある。
また食材の買い出し以外にも、洋服だとか女性用の小物だとかを一緒に買いに行くこともある。ただ、そういった場合は、母親がついてくることも多いが。
とにかく、由紀と二人で出かけることは初めてでは無いのだ。
しかしそれにしても何というか、
「うん、どした?」
今日は、やけに気合が入っているような……?
オーバーサイズのパーカーにパンツを合わせた由紀はとても綺麗で、惣太はタジタジになっていた。活発な印象がより強まるのだ。
「あ、いや、何でもない、けど……」
「けど?」
「なんか、気合、入ってない……?」
「そ、可愛いでしょ!」
由紀は見て見て! と言わんばかりと両手を広げた。それにより可愛い由紀が視界に大きく広がり「ま、まぁ……」と同意せざるを得ない。
惣太に褒められたのが嬉しかったのか、由紀は上機嫌に鼻歌を歌いながらカチャカチャとハンガーをずらし目欲しい衣服を探していた。惣太達は今都心のセレクトショップにやってきているのだ。
「これ似合う?」
由紀は気になった衣服があると自分の身体に次々あてがっていった。
「ま、まぁ……」
「これは?」
「似合うと思うよ?」
「じゃ、これ」
「う~ん、良いんじゃない?」
「も~~、どれも似合うじゃ意味ないでしょ?」
「そ、そんなこと言われても……」
どれも似合うから困るのだ。それにポージングして惣太をまっすぐ見つめるので上がってしまう。家族だが、これはどうにも慣れない。
「ふふ、彼氏さんですか?」
「はい!」
「ちっげーだろ!!」
だが嘘は違う。
話しかけてきた店員さんに鞠華と同様臆面もなく嘘を吐く由紀に、惣太は火が付いたように言った。
いきなり豪速球を投げられた店員さんは少し困った顔をしたが、少しすると離れて行った。
「全く、油断も隙もない……。じゃ、由紀。あれだ、最初の奴が似合っていたと思ったぞ?」
「ブラウスの奴?」
「そうそれ」
「そっか。ありがと」
由紀はそう言うと店を後にした。
「買わないのか?」
「うん、今日は見に来ただけだから」
「そう……」
普段なら由紀は買うものを大体決めている。だからこれは珍しいことだ。
昨日の父親に対する歯切れの悪い返事といいどうしたのだろう。
急に出かけると言い出したと思ったら目的もなく、意味が不明である。
しかしそれについて言及する手頃なタイミングもなく、それからいくつか店に入っていると、雨が降り出して惣太達はカフェに入った。
突然の雨に店内は客でごった返していた。
「いや~~急に振り出したな~」
「天気予報に無かったよね?」
「うん、無かったと思う。すぐに上がるんじゃないかな」
アプリで確認すると30分後にはあがると表示されている。
通り雨なのだろう、と思っていると、まさに今が手ごろなチャンスであると気が付いた。
「今日は急にどうしたんだ?」
テーブルの上には注文したパインフレッシュジュースとアイスコーヒーがじっとりと汗をかいていた。尋ねると由紀は事も無げに言った。
「色々と見たいものがあってね。パパの誕生日も近いし」
「あ~、もうそんな時期か~」
由紀の転入騒動でいつのまにか祐作の誕生日のことも忘れてしまっていた。由紀の返事に惣太は大いに納得した。
毎年の誕生日に、惣太達は祐作にプレゼントを贈っているのである。
それから今年は何にするか、求職中だし仕事で使える小物は良くないのか、などと話していると、由紀は近くの席のカップルを凝視していた。二人はテーブルの上で手を重ねている。
由紀はその手を食い入るように見つめていた。
どうした? と尋ねる前に由紀が口を開いた。
「そういえば昨日、手、繋いでたね」
「へ?!」
「鞠華ちゃんと。恋仲なの?」
「いやいやいやいや!!」
突然の指摘にコーヒーを吹き出しそうになる。
「ちょっと待って、どういうこと? 居たのあの場に?!」
「実はね。暇だったから応援に行ったんだよ。どこでやるかも聞いていたし」
「そ、そう……」
「で、話しかけるタイミング見失っていたら二人が手を繋いでいたから、その……」
ツッコミどころ満載な論理な気はするが追及しないでおく。
「付き合ってねーよ」
その代わり真実を伝えてやった。
「そ、まぁそうだと思ったけどね」
「おい!!」
「でも意外だな~、惣太がモテるの。惣太の良さなんて私以外気が付かないと思ったのに」
「そ、そう……」
何か酷いこと言われている気がする。
それと、大きな勘違いをしている気も。
だがわざわざモテてないと訂正するのもやかましい気がして黙ると、言い返したくもなってきた。
「ていうかそんなこと言ったらお前こそどーなんだよ」
少しすると惣太は口を尖らせた。
「へ、私?」
「そーだよ! 俺も色々聞いたぞ?! とんでもない数の男から声かけられてるって?! お前ちゃんと見極めろよ?! そん中にとんでもない奴いるぞ?!」
いつも惣太が由紀の交遊関係でハラハラしているのに、少し惣太が女友達と一緒にいたらネチネチ言って来て良いご身分である。
惣太が声を荒げると由紀は微笑んだ。
「フフ、心配してくれるんだ?」
「あ、いや」
由紀に真意を悟られてとっさに否定しようとするが遅かった。由紀の瞳は陽光を跳ね返す湖面のようにキラキラと輝いている。
「そ、そういう訳じゃないんだが……、一応、そりゃ、家族だしな。それに、」
「それに?」
「いや、何でもない……」
「そっか、なら良いや」
惣太がはぐらかすと由紀はにっこりと微笑んだ。
「あ、雨あがったね、出よっか?」
見るといつのまにか店の外は晴れていた。
「だな」
由紀と一緒に店の外へ向かい出す。
その由紀の姿は先ほどまでとは打って変わって内面も晴れ渡って見えたのだった。
「そういえばさぁ」
水たまりが太陽の光を照り返し、ダークブルーな青空を映し出していた。
「さっきの話、例えばどういう男の子なら良いの?」
「さっきの話?」
「ホラ、変な男が寄ってきてるって。じゃぁどういう男の子なら惣太は満足なの? 惣太みたいな人?」
「俺みたいな人って」
それってつまり惣太自身ということである。惣太みたいな人間は、惣太しかいないのだから。
「そそそ、それは!! からかうんじゃねーよ!! 知るかそんなもん!! お前で決めろ!!」
「ふふふ、そうだね、そりゃそうだね。でも私は惣太みたいな人も全然ありだよ?」
「そ、そーかい。有り寄りで良かったよ」
「フフフ、強がっちゃって~~、でもね、言っておくけど、私は同じタイミング希望だから!!」
「同じタイミング?」
「そ、私と惣太、同じタイミングで彼氏と彼女が出来るのが希望なの!!」
ハハハ。
小学生の夢のように無邪気な願いに思わず乾いた笑い声が出た。
そんなの仲良しこよしで手を繋いでゴールするしかないじゃないか。
しかしそんなことあるわけないわけで。
無理難題な注文をする由紀に呆れて笑っていると「私たちはずっと一緒だよ惣太!」と由紀は言っていた。
それから二人は父への贈り物を見て回り
「そこそこ!! 惣太右だよ!!」
最後にゲーセンに入り、クレーンゲームで人形を取り
「あら、遅かったじゃない?」
日がすっかり落ちた頃に帰宅した。
台所からシチューの美味しそうな匂いが漂ってくる。
「ゴメン、デートしてたら遅くなっちゃった」
「ちょ、おまえ!」
めちゃくちゃ言う由紀を惣太が非難する。
「あらまぁ」
「良いじゃないか、じゃ、ほら、惣太君も早く座りなさい」
だが惣太の訂正を祐作も、弘子も聞く耳を持たず、そんなんじゃないんだって~~~~!! と惣太は必死に弁明するのだった。
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