第20話 鞠華と、区大会に行く。



 というわけでその週の日曜日、なぜ今朝の由紀はあんなにも不機嫌なんだったんだろうと訝りながら惣太は改札にいた。


 バドミントンの大会なのである。


 待ち合わせの駅の改札に行くと茶色い髪をした、お人形さんのように整った容姿の少女がいた。


「おはようございます!」

「おはよー」


 何を隠そう鞠華である。今日はミックスダブルスの大会なのだ。


 白基調のスポーツウェアが眩しい。


「調子はどうですか?」

「体調は良いな!」

「それは良かったです! 今日は勝って勝って勝ちまくりますよ先輩!」

「ああ!」


 区大会、それは区主宰の老若男女が集うミックスダブルスの大会である。特定の年齢層だけがエントリー出来る、勝ち上がれば全国大会に進めるような代物ではない。


 区大会で優勝、それがゴールの大会だった。

 

 しかしそういった戦いでも勝ちを重ねることが本番でも結果を残せるのだ。


 無論、惣太達の目標は優勝であった。


 選手の集まる会場は相変わらず南国の鳥の集まりのような色鮮やかさだった。


 スポーツウェアを着た選手が集まるのでとてもカラフルなのである。


「先輩! 任せました!!」

「了解!!」


 そんな色鮮やかな選手が集まる板張りの体育館で、優勝、その二文字を目指し鞠華と連携しながらシャトルを追いポイントを重ねて行く。


 結果一回戦は勝利で、試合後、夫婦なのだろうか、おじさんとおばさんと惣太達は握手を交わした。


「も~若い子には敵わないわよ~」


 ほんのりと汗をかく感じの良い夫人は、負けたというのに満足そうで、いかにも噂話好きといった感じで声を潜め尋ねた。


「やっぱカップルなの? あなたたち?」

「あ、分かります?」


 いけしゃあしゃあと嘘を吐く鞠華。


「もうバレバレよ!」

「アハハ、困りました~~!」

「もう! 若い子のラブラブエキス吸えて私たちもハッピーよ!」


 女二人はアハハと楽し気に笑い合っていた。

 

 その光景を苦い気持ちで見ていると旦那さんが惣太の手を力強く握ってきた。


「羨ましぞ少年、こんな可愛い子と……!」

 

 それはきっと仲良しで羨ましいという意味で放たれた言葉であったのだろう。


 だが、言葉のみだとだいぶ含みがある表現にも聞こえ「あなた……?」と、先ほどまで温厚な夫人の声のトーンが下がり、「あとで話があります」と旦那さんは連れて行かれるのだった。


「尻に敷かれてるな~」

「ありゃ夜ごはん抜きですね……」

 

 これまでの人生経験からおっさんに待ち受ける運命を予期し憐れむ二人である。


「ていうかカップルって……」

「別に良いじゃないですか?」

「え、でも……」

「あ、おいカップルだぜーー」


 小学生ペアが惣太たちを指差し言う。


「ホラ、周りからもそう見えているようですし、良いじゃないですか?」

「え、」


 い、良いのか……?


 惣太が流れに逆らえないでいると、ガコン!! とすりばち状になっている観客席から轟音が響いた。


 しかし音がした方を向くと誰もいない。


(一体何なんだ……)


 謎の異音を訝りつつ惣太はラケットを振るい続けた。



 それにより試合を重ねついに準々決勝に進出。


「おつかれ!」

「やりましたね!!」


 あと3勝で優勝というところまで着た、のだが――


 このような年齢制限のない大会に出ると必ずいるものなのだ。妖怪のような選手が。


 高校生限定など、若者の集まる大会ならば、まだまだこの世に生を受けて間もないためあまり癖が無いのだが、このような年齢制限のない大会だと、長い社会生活の中で醸成された物凄く強い癖を持つ、妖怪のようなプレーヤーに出会うのだ。


「んっふっふ、やっちゃうよ~~ん」

「宜しくね〜〜ん」


 現れたのはショッキングピンクのウェアに黒のサングラスをかけた、黒くよく焼けた肌を持つ痩身の男女のペアだった。


 髪の毛のない男の頭皮が天井のライトを跳ね返してくる。


 外見だけで相当パンチのあるペアだ。

 しかも話し方もどこかおかしい。


 かなり特徴的な相手の登場に鞠華と惣太は警戒し試合に臨んだ。だが――


「空きありよ〜〜ん?」

「う」


 ショッキングピンクの片割れの女が異様なソフトタッチでネット際にシャトルを落としてくる。それをなんとか拾うが


「上がったね〜〜〜ん?」

「今よミッチー!」

(ミッチー?!)

「任せて〜〜ん」


 ミッチーがボアッ! とミサイルのように強烈なスマッシュを放ってくる。


(ミッチィィィィ!)


 惣太は届かないシャトルをそれでも追うのだった。


 これまでの経験上、こんな風に特徴の塊のような自己主張の激しいペアはとてつもなく強い傾向にあるのだ。


 それだから惣太と鞠華は最大限の警戒でもってコートに入った、のだが――


「おつかれ〜〜〜ん」

「あ、ありがとうございました……」

「良いところあっただけに惜しかったね。また来なよ」

「は、はい……」


 敗北。


「妖怪だろアレ……」

「はい、妖怪シャトル突きです……」


 派手なウェアを着た二人が悠々と体育館を歩き勝利報告に行くのを惣太と鞠華は息を上げながら見送るのだった。


 その日の夕暮れ、準々決勝敗退という何とも言えない結果を残した二人はとぼとぼと帰路に着いていた。


 赤い日差しが二人の影を長く伸ばす、もう良い時刻だった。


「今日はどうでしたか?」


 子供の帰宅を促すアナウンスをBGMにしながら鞠華が尋ねる。

 言われて惣太は今日のことを回想した。


「準々決勝敗退は残念だったけど、学びはあったね」

「え、何かありました?」

「うん」


 鞠華は意外そうな顔をしていた。


「変な言葉遣いで相手を揺さぶるのも有効」

「何学んでいるんですか……」


 明後日の方向の惣太の収穫に、鞠華は溜息を吐いた。


 そんな風に二人で今日の反省会をしながら区運営の公園を歩いていると、前方からギャハハハと不良たちが騒ぎながらやって来た。


「いやマジ彼女欲しいわ〜」

「それな?! それな!?」

 と下らない話をしている。


 不良の登場に鞠華を一瞥すると顔を曇らせていた。


 鞠華は小柄で華奢だ。その上今現在周りに大人はいない。

 そのような空間で不良とすれ違うのは怖いのだろう。


 どうしたものか、と思案していると鞠華が腕に巻き付いてきた。


「ちょ、」

「(慌てないで下さい)」


 動揺する惣太の耳元で鞠華は囁いた。


「(彼氏のふりをして乗り切るだけです)」


 鞠華の柔らかい質感が腕を通して伝わってくる。

 無限にも間延びして感じる時間の中、不良たちと交錯する。

 

 彼らは惣太達をチラ見し、チッと舌打ちして通り過ぎて行った。


 良かった……。

 

 不良が去って行ってふぅ~~~っと大きく息を吐くと鞠華は頭を下げた。


「ありがとうございます」

「いや、いいよ。何でもなくて良かった」

「はい、私もです。ご迷惑をおかけしました」

「いやいや良いよ。気にしなくて」


 それから少しして鞠華は今日はありがとうございました! と去って行き――


「今日は試合だったんだってー?」


 その日、惣太は家族とテーブルを囲んでいた。


「あ、うん」


 母弘子が作った料理を食べながら惣太が答える。


「結果は」

「準々決勝敗退」

「あら凄いじゃない」

「やるな~惣太くん」

「そうでもないよ。準々決勝でとんでもない奴が出てきてさ~、もっと勝てるはずだったんだよ」

「はは、どこにでも変わった人はいるからな。そういえば由紀も今日は遠出したんだってね」

「あ、う、うん! ちょっとね!?」


 急に話を振られた由紀は目を丸くしていた。


「どこ行ったんだい?」

「あ、い、いや、どこでも良いじゃない、ははは」


 由紀はしどろもどろになりながらはぐらかしていた。


 由紀でも言いたくない場所があるんだ、とその光景を見て思う。


 するとその後、部屋に入る間際に惣太は言われたのだった。


「惣太、あのさ、明日ちょっと付き合ってよ」


 と。




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