第17話 男友達が家にやってきた!!


 日曜日の昼下がり、その日、惣太は最寄りの駅の改札にいた。


 友達とここで待ち合わせをしているのだ。


 時計を見ると約束の時間までまだ30分近くあった。

 早めに家を出たので定刻よりもだいぶ早い。

 にも関わらず、程なくして良く見知った3人組がホームから現れた。


「お、惣太も早いじゃーん!」

「オーース! 今日は頼んだぜ惣太!?」

「そうちゃんおはよ~~~~」


 歩いてきたのは惣太が普段から仲良くしている友達3人組である。


 生徒会に所属するメガネをかけた倉山久志に、ラグビー部に所属するガタイの良い佐々木幸次、それにエロに造詣の深いエロ大魔人、江口真彦だ。


 帽子を被っていたりする彼らがオシャレをしていることは一目瞭然だった。


「気合い、入ってるな……」

「そりゃそうだろ」


 渾身のオシャレを決めている友人たちは語気を強めた


「なんせ今日はお前の家行くんだからな!」


 それは雨が降ると水が溜まるとか、そんな当たり前のことを説明するような口振りだった。


 あぁ、なぜこのようなことになってしまったのだろう……。


 惣太家に訪れることに特別な想いのある友人を招くことに危機感を覚えながら、惣太はこうなってしまった日のことを思い出していた。


 原因は、およそ一週間前に遡る。


「ていうかお前、段取りってもんがあるだろ!? 昨日のあれはなんだったんだよ! 親にバレないようにするの大変だったんだぞ?」

「ゴメンて、そんな怒んないでよ」

「そんなって」


 その日、惣太は由紀と教室で言い合っていた。

 昨日の猪上たちの訪問について文句があったのである。すると二人の間に久志が割って入った。


「まーまー、そう怒るなよ、何があったんだ惣太」

「あ、いやこいつが昨日猪上たちを家に連れ込んでさ……」


 猪上たちには彼女たちがWi-Fiに繋いだせいでどのような結末を招いたのか報せている。


 猪上は腹を抱えて笑い、ダウナー系の鹿田は「それはマジでたいへ~~ん」とスマホを操作しながら言って、蝶谷はハハハと苦笑していた。


 そこに由紀が「何話してるの?」と現れて「昨日の話だよ」と返し、「ていうかお前」と今の話に繋がるわけだ。


「へ~~、そんなことが」


 ギャルたちが惣太家を訪れたとあって久志も意外そうにしていた。

 

 ビジュアルもメンタルも完全にギャルのそれである猪上と鹿田は久志にとっても畏怖の対象である。


「ていうか惣太の家って友達入って良いんだ?」

「いやそういうわけじゃないんだけど……」


 由紀はままこの約束を破る、ということである。


 おかげで由紀の中学の知り合いとも惣太は面識がある。

 この件において、惣太はいつだって被害者であり共犯者である。


「ふーん、そうか……」

 

 その哀れな惣太の実情を久志は少ない情報からおおよそ把握したらしい。


 久志は頷きポンと惣太の肩に手を置いた。

 


「そういえば惣太、俺たちは高1の時からの友達だ。そうだよな」

「そうだけど……」


 なんか、肩を掴む手が不必要に強い気が……。


「高1の時は色々助け合ったよな、宿題とか、課題とか、文化祭とか、色々」

「だな」

「でだ……」


 ふう、と久志は息を吐いた。


「連れてけ、惣太。惣太の家に」

「いやいやいやいや」


 即座に惣太は否定した。


「それとこれとは話違うから」

「ん? 何が違うんだ? え?」

「い、いや何がって……全部違うでしょ……」


 宿題の話かどうか。家に入れるかどうか。まるで話が違う。


 それに何も惣太の家は惣太だけのものではないし、親がいなくとも由紀がいる。由紀を守るためにも断らないとならない。だから惣太が「とにかく無理なんだよ」と言うと


「良いよ、惣太の友達なら。家に来ても」

 と、早くも由紀に梯子を外された。


「え、良いの?!」

「うん、惣太の友達なら私は全然OKだよ?」


 まさかの展開に惣太自身が仰天していると「神よ……」と久志は目頭を押さえ恍惚としていた。


「嫌なこともあったが惣太が友達で良かったな久志」

「あぁ、だな、幸次……」

「だから俺は言ったろ~~、むしろそうちゃんは取り込むべきだって」

「あぁ、真彦の言う通りだった……!」


 完全に惣太家に行く気の三人はヒシッと抱き合っていた。


「…………」


(こいつら……)


 と、いうわけで三人が惣太の家に訪れようとしているわけだ。

 我が家が近づき惣太は再度彼らに念押しする。


「良いか、絶対に変なことすんなよ?」

「しねーよ惣太」

「俺達を何だと思ってんだよ惣太」

「そうだよ、任せておいてよそうちゃん」

「真彦、お前が一番心配なんだ……」


 エロ大魔神の真彦には常に目を光らせておく必要があるだろう。


「あと絶対に家のWi-Fiに繋ぐな」

「何があったんだ惣太……?」


 明らかに訳アリの様子に久志が戸惑っていた。



「いらっしゃ~~~い!!」


 家のチャイムを鳴らすと外行き用のおしゃれをした由紀が現れ、男たちはそのあまりの神々しさにパァ~~~~っと昇天しそうになっていた。


「さ、適当にかけてて」

「はぁ~~~い」


 由紀が台所で飲み物の準備を始めると男たちは従順にリビングの椅子に座った。孫でも見るような愛のこもった眼差しを台所の由紀に向ける。


「お前、いつもこんな風景見れるなんて幸せ者だな」

「こんな風景って……」

「そりゃそうだろ、見る人が見たらインスピレーション受けて絵描きまくるぜきっと」

「何視点だそれは……」

「ははは、何言ってんの~」


 佐々木君ったらうまいんだからー、と由紀はご満悦な様子でお盆に菓子やジュースを入れてやって来た。


 それから惣太達はリビングにあるテレビでゲームをしている。

 女が4人集まれば雑談するのが当たり前のように、男が4人集まればゲームをするのも常識である。


 それに当然のように由紀も混ざっている。


「おりゃおりゃ! 隙あり!!」

「ウワッ!? ちょ! 由紀さん普通に上手くね?!」

「惣太とずっとやってたからね!! 私これ強いよ!! 油断してると勝てないよ佐々木くん!」


 由紀に煽られた幸次の顔のしまりがなくなる。

 危ない。ゲームのキャラも由紀に倒されたわけだが、本体の方も昇天してしまいそうだ。


 親友が腹上死に近い末路を遂げるのではないかと危惧していると、そうこうしているうちに試合が終わり選手交代になった。


 4人同時対戦が出来るゲームでは負けた奴一人が外れることになるのだ。


 負けて外れた友人たちは「はぁ~、夢みたいだなぁ」と感慨に耽ったり、「ふぅ~~」とソファに身を沈めたりしている。感慨に耽ったのが久志であり、ソファに身を沈めたのが幸次である。


 きっと由紀と遊べて満足なのだろう。


 だが一人、真彦のみは不穏な動きをしていて、「そうちゃん、トイレってどこ?」「突き当り右」と部屋から出て行くも明らかに階段に向かっていて


「突き当り右って言ったよな~~~? 真彦~~~~?」


 即座に惣太が追いかけ制止をかけていた。


「ごめん、間違えちった」


 惣太が怒気を放つと真彦はペロッと舌でも出しそうな調子で振り返っていた。


「気を付けろよ~~~?」

「うん、気を付ける」


 だが、「江口くん、何やっているのかなぁ~」と背後からやたらニコニコしている由紀が現れて「ヒェ」っと顔を引き攣らせていた。やはり由紀の迫力は段違いなようだ。



「道分かったから帰りはここで良いわ」


 夕方、落日の照らす歩道に立ち友人たちはそう言った。


「良いのか? 家の前だけど」

「あぁ、検索すれば道出るしな」

「そか」

「うん! じゃぁまたね~~~~!! 由紀ちゃ~ん、そうちゃ~~ん!」

「おう、じゃぁな」

「じゃ、またな惣太」

「幸次もまたね」


 赤みがかった閑散とした道を歩く友人の背中はどんどん小さくなっていき、角を曲がり見えなくなった。


 最後まで見送ると、部屋に戻り惣太はソファに深く沈み込んだ。

 緊張の糸が完全に切れた。


「ふぅ~~~」

「いや~~、今日は忙しかったね」

「だな」


 友人を家に招くことがこんなにも心労が溜まるものだとは知らなかった。

 小学校以来だったので感覚を忘れている。


 カチャカチャと由紀が久志たちに出したコップなどを洗っている。


「悪い、俺がやるよ。由紀は休んでて」

「いやいいよ、これくらい。お安い御用だよ」

「いや悪いって。俺の客だから。後でやるから置いておいてくれ。はぁ~~」

「はは、相当お疲れだね」

「まぁな。友達家に呼ぶなんて小学校以来だから……」

「だね……。私も惣太が友達とゲームしてるの初めて見た」

「久志の家とかではよくやってるんだけどな……」


 目頭を揉んでいると、水道がシンクを叩く音が聞こえて来る。

 

「今日は悪かったな。由紀も疲れたろ?」

「ううん、楽しかったよ。やっぱ普通に男子と遊ぶのも楽しいね」

「はは、なら良いけど。真彦の奴も変なことはするなって言ってあったんだけど……」

「ははは、アレはかなり困ったさんだね」


 由紀は濡れた食器をカチャリと置いていた。


「でも私はあれくらいストレートな方が楽で良いかな」

「え、そうなの?」

「うん、回りくどい好意よりもストレートな方が良いよ。御しやすいし」

「御しやすい……。なるほど……」


 意外な評価で思わず感嘆の息を漏らしてしまった。


 御しやすいから高評価、そんな評価項目があるとは思いもしなんだ。


 しかし大量の好意を向けられる由紀にとっては、一周回ってストレートな好意の方が好印象なのも頷けた。


 そんなことを考えていると、皿をきゅっきゅ拭いている由紀が「いや~~、面白かったな江口君……」と呟いていて――


「……」


 まさか――


 その光景にある可能性が浮上してきて、肌が一気に粟立ち始めた。


「えっと、由紀、変なこと聞いて良い?」


 確認せずにはいられなかった。


「うん」

「今日の三人の中で一番高評価なの、誰……」


 知らぬ間に喉がからからに乾ききっていた。

 心臓がバクバクと激しく拍動する。

 そこに自分を混ぜる勇気はなかった。


「う~~~ん」


 由紀は唇に指を当て思案し、運命の瞬間までの時間をカッチンコッチンと秒針が刻んだ。


「難しいけど……」


 その瞬間が訪れる。


「強いて言うなら江口君かな」

「!」


 案の定の返事に、脳天を殴られたかのような衝撃が走った。

 真彦がナンバーワン!!


「あ、でも他に比べれば全員評価良いよ! 流石惣太が友達にするだけあるね、良い人ばっかだよ!!」


 聞かれたとはいえ差をつけて評価してしまったことに慌てて由紀がフォローを入れるがそんな言葉は惣太には聞こえていなかった。


 真彦おおおおおおおおおおおおおおおお!!!


 あのエロ猿がああああああ



 最後尾にいると思っていたのに、いつのまにか最前列に躍り出たエロ猿に惣太は憤怒するのだった。


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