第16話 とある日常
「部活着持ってきた?!」
「うん、持ってきた!」
由紀が女子バスケ部の生徒と仲陸ましげに話している。
いくつも回った部活見学だが、結局由紀は女子バスケ部に落ち着いた。
やはり由紀としても中学から続けている部活の方がしっくり来るのだろう。
「皆のコートネームも覚えた?」
「覚えた覚えた」
惣太としても由紀が息の合う友人を増やせたことは喜ばしいことだった。
しかし、それは惣太にとって良い事ばかりでもない。
由紀の女バスへの入部、それにより、男子バスケ部の生徒が惣太に話しかけてくる回数も増加しているのだ。
「惣太! 由紀ちゃんに迷惑かけてんじゃねーぞ?!」みたいな、謎に慣れ慣れしくお節介な絡みが増えているのだ。
そのウザ絡みに心安らかでいられるものがいようか? いやいない。
その一連の流れで、男子バスケ部と同じ時間の練習で色々言われた惣太がむしゃくしゃした状態で体育館隅の冷水器で水分補給をしていると、「あ、深見君じゃん」と話しかけられていた。
話しかけてきたのは、男子バスケ部部長の安藤という男である。
安藤先輩のことは前から知っていた。
浅く焼けた肌に、筋肉質な肉体。精悍な顔つき。
女子に大人気の先輩は「いや~暑いね」とまるで世間話でもするような雰囲気で現れた。
冷水器から退くと、安藤先輩が喉を鳴らしゴクゴクと水分を補給していく。飲水に合わせゴクリゴクリと喉が上下する。そこに汗を球が伝う。
鍛え抜かれたその肉体に見耽っていると「フフ」と飲み終わった先輩が口元を拭った。
「ま、接触のあるスポーツだからな。これぐらいは必要だ」
「そうすか」
「あぁ、バド部とは違うんだよ」
「そうなんすね」
「あぁ。ていうかあんなふわっふわのシャトル追って何が楽しいの?」
「いや? 別に普通に面白いですけど」
「ふ~~ん、なら、いいけど」
「はい」
自分のことを嘲る先輩に容赦は不要だ。
バドミントンのことを馬鹿にされ苛立った惣太は口を開く。
「ところで、シャトルの軌道がズレるので体育館のドア、全部閉めて良いですか?」
「お、お前俺たちを殺す気か……?」
体育館を蒸し風呂にし死者すら出かねない提案に、先輩は慄いていた。
◆◆◆
このように惣太たちの高校ではバスケ部とバド部が同じ時間帯に体育館を使うこともある。
となれば当然女子バスケ部と同じ時間に練習をすることもあり、「由紀ーー!! パスパスー!!」「カバー!!」体育館を半分に仕切るネットの向こう側に、コートを縦横無尽に駆ける由紀の姿を見ることになる。
「由紀、ナイッシュー!!」
由紀は今日も軽やかにネットを揺らしていた。
やはり由紀の運動神経は図抜けている。
先輩たちのパスを軽々とカットしそのままレイアップする様は水の流れのように流麗だ。
それは義兄であることが誇らしくなるような、見ているこちらまで惚れ惚れするような出来映えだった。
そんな由紀の見事なプレーに惣太が頬を紅潮させていると
「あら、由紀先輩じゃないですか~~」
目の前で目を覆いたくなるようなみみっちいやり取りも現在進行形で発生していた。
目覚ましい活躍をする一方で、目を背けたくなるような残念なやり取りも平然とするのが由紀だ。
「ネットで仕切られていてこっちには来れませんね~? 何ですか、来たいんですか~。でも檻があって無理ですね~」
コートの外に出た由紀を、休憩中の鞠華が体育館を二分するネットを挟み煽っているのだ。
「ムキー!! 私は動物じゃない!!」
それに由紀が犬歯剥き出しで憤慨しているのだ。
その光景はまさに安全圏から動物を煽るクソガキと檻の中の猿かなにかで、(本当に動物みたいだ……)と言いたいのを惣太は必死にこらえる必要があった。
「鞠華ちゃん、勝負しよっか?」
しかも由紀の暴走はそれに留まらず、煽られに煽られた由紀はその日、当然のように鞠華に勝負を要求していた。
「良いですよ。じゃ、先輩もお願いします」
「えぇ……」
当たり前のようにペアを組むように言われた惣太は戸惑いを隠さない。
だが断るわけにもいかず惣太が腰を浮かせると「じゃ、俺も必要みたいだな」と西山先輩も立ち上がった。
「すんません、先輩……」
「良いよ、俺は歓迎だし」
「なんでですか?」
「なんでって、そりゃヘイトは全部惣太に向くし、俺は由紀ちゃんとダブルス組めるし。至れり尽くせりじゃないか」
「…………」
人でなしな一面を隠そうともしない先輩に惣太はがっくりと項垂れた。
由紀も由紀だし、鞠華も鞠華。そして先輩も先輩である。
この勝負により部員から顰蹙を買うのは自分なのに……。
ちなみに勝負の結果はまたも鞠華惣太ペアの勝利であった。
連戦連勝に「やっぱり私と惣太先輩の相性はバッチリみたいですね~!!」と鞠華は満面の笑みで煽っていた。
そのようなことがあれば由紀が平静でいるわけもなく、鞠華の勝利に加担した惣太への当たりも強い。
「ふん!」
リビングで夕飯を食べていると、目が合った由紀は鼻を鳴らしそっぽを向いた。
「あら、なんで由紀ちゃん怒ってるの?」なんて母親に心配される。
「フン! もう知らない!」
心配された由紀はさらに大きく出て頬を剥くらせる。
「おいおい惣太くん、何をしたんだ」
実父の祐作も困り顔だ。
「べ、別に俺は何も……」
勝負に勝ったから不機嫌というと更に怒るだろうし、実際問題、そんな単純なロジックでは無いのだろう。
惣太が控えめに言うとその噛み合って無さに祐作はガハハと笑い「ま、どうせ由紀の勝手な暴走なんだろうがな」なんて血縁だから許されるような容赦のないことを言い「ふふふふふ」と母親もこらえきれず吹き出す。
「むきいいいいいいいいいい!!!」
そのまるで相手にされていない現状に余計由紀は苛立ち
「イッテ!! 脚けんじゃねーよ!!!」
テーブルの下で惣太の足を蹴飛ばすのであった。
◆◆◆
その翌日のことである。
「おい急ぐぞ由紀!!」
「分かってるよもう!!」
二人は揃って寝坊していた。
昨日、部活でしっかりしごかれ、全力の試合までして(通常の試合の五倍は疲れる)、ゆうべ言い合いをして(イライラで)眠れなかった惣太と由紀は揃って寝坊したのだ。
別に無遅刻無欠席を目指しているわけでもないが、開き直って授業中に音を鳴らし入室するほど腐ってはいない。
息を上げて走り教室に滑り込んだ惣太達は椅子に崩れ落ちた。
「間に合った~~~」
「も~~朝からたいへ~~ん……。も~~勘弁……」
「だ、大丈夫か惣太……」
「あ、あぁ……」
死力を尽くして間に合わせた惣太に、そんな無理しなくても良いのに、と久志が眉を下げていた。
しかし義理の家族ということで好奇の視線を浴び続ける自分達は、余計な隙を与えず品行方正を装うことが重要なのだと思う惣太である。
となれば、寝るわけにはいかない。
気を取り直し惣太は下敷きでバタバタと服の中に風を送り込み授業に臨んだ。
「惣太!! 購買行くよ!! ハーリーアップ!!」
朝飯を抜かせば腹がすく、すいたなら購買に行くしかない。
「購買か……。あそこ怖いんだよな……、殺伐としてて……」
朝飯を抜かしたその日、2限目と3限目の合間の休み時間に、惣太は購買に行くべく立ちあがった。
惣太の高校では日によっては2限目が終わるころに購買に品物が充填されているのだ。
惣太が財布を取り出していると女子が由紀に話しかけていた。
「由紀購買行くなんて珍しいじゃん。しかもこの時間で」
「ハハ、朝食べてないんだよね。お腹空いちゃってさ」
「それでか。朝大変そうだったもんね」
「そうそう! 寝坊してさ~~、朝作れなかったんだよね」
自身の失態に由紀は面目ないと頭を掻いた。
しかしその言葉には重大な意味が潜んでいて女子たちは色めいた。
「え、朝作れなかったって、由紀、毎朝、ご飯作ってるの?!」
「え!? ま、まぁ、うん……」
彼女たちの仰天ぶりに由紀は目を白黒させていた。
由紀としては当然のことだったのだ。
「え凄くね?!」
「いやでも、朝だけだよ! 私の仕事ってなってるのは! しかも作るの簡単なものだしさ!」
「いやそれでも凄いじゃん!!」
「そ、そうかな……? 惣太も作れるし、普通じゃない?」
「深見君も作れるの?!」
「ま、まぁ」
「惣太と私とで夕飯作ることもあるからね!」
「へ~~、良いな~~~!!」
同年代の二人の暮らしぶりに熱いな~~とか言ったり感心したりする女子たち。
だが一連の会話を男子たちが見逃せるわけもなく
「へ~~~……」
惣太が由紀の作ったご飯に毎朝ありついていることを知った久志はじめ親友たちは惣太に殺意の視線を向け
「お前!! 教室で変なこと言うんじゃねーよ!!」
「だってそんなの普通だと思ってたんだもん!!」
惣太と由紀は購買への道すがら言い合い周囲の視線を引き付けるのだった。
そんな悲喜こもごもな日常を営む中でのことだ
「へへへ、惣太の家に行けるなんて楽しみだな~~」
「あ、あんまり騒ぐなよ……」
惣太の家に久志や幸次たち、男友達たちが訪れていた。
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